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出典 Wikimedia Commons
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1976年11月15日、
ハワイ、オアフ島の沖、約40kmの海域に一隻の
アメリカ海軍所属
の調査船
「AFB-14」が停泊していました。このときAFB-14は2つの
パラシュート型のいかりにロー
プを付け、海の中に沈めていました。このいかりはおよそ
水深165mの所に置かれてい
たのですが、船が出発する
ときにクルーがこれを引き上げると、
なんとそのロープには見たこともない奇妙な顔をした、巨大な魚が絡まっていました。
その魚は
体長4.46m、
体重750kgもある、だぶつ
いた皮膚と、上側が異常に発達した尾ビレ、そしてなによりも
その体の前方には信じられないぐ
らい大きな口を持つサメで
した。船のクルー達は、これを見た瞬間にこのサメは普通の魚ではないと思い、陸に帰るとすぐにその姿を写真に
納めて、ワイキキ水
族館の魚類学者である
レイトン・テ
イラーのもとへと送り届けました。
その写真を見たテイラーはこのサメは間違いなく、これまで誰も見たことがない新種のサメであると確信し、
その巨大な口から「メガマウス」と名付けて世界に
向けて発表しました。
…とまあ、そういうわけで今からわずか
30年ほど前に、ようやくこの
メガマウスと言うサメは日の目を見ることが出来たのですが、これほど大型のサメがいま
だに発見されていなかったというのは奇跡であるとして、魚類関係者の間ではかなりセンセーショナルに受け止められました。おそらく
20世紀の海洋生物学の
出来事の中では、あの「シーラカンス」に匹敵するぐらい大きな発見で
あると言われています。(ちなみに個人的には今のところ
21世紀最大の発見
は、
2006年に国立科学博物館の窪寺恒己先生のチームが初めて成功した、生きた
ダイオウイカの捕獲だと思ってます。)
メガマウスの特徴は何といってもやはりその
大きな口で、体を隠して顔だけ
を見せられたら多分普通の人はこれがサメの仲間だとは思わないのではないでしょう
か?なぜ彼らがこんなにも大きな口を持っているのか、大変疑問に思うところですが、これにはちゃんとした理由があります。
最初彼らは海の底165mのところにあるロープに絡まっているところを発見されましたが、実は
メガマウスは深海にすむサメであり、水深150〜1000mのところで生活していると考えら
れています。この深さの海は
深海散
乱層とよばれ、
オ
キアミを初めとする数多くのプランクトンが浮遊して生活して
います。そ
して
メガマウスはその群れをめ
がけて大きな口を開けて突っ込み、海水ごとプランクトンたちを飲み込みます。そしてえらから
水を吐き出す時に、えら
にびっしりと生えた鰓耙(さいは)と呼ばれる突起を使って、
その中から餌
となる動物だけをこしとって食べます。このような食べ方はヒゲクジラや
ジンベイザメのものと同じもので、大型の海生動物によく見られる特徴で
す。また彼らはプ
ランクトンの他にも小魚やクラゲなども食べることが知られています。
ところでメガマウスの口の周辺や内側は銀色に輝いており、これは
「発光器」と名付けられていま
す。暗い海の中で彼らに出会うと、何もない空間にこの発光器
だけが
キラキラと輝いて見え、それによって
餌となるプランクトンたちがおびき寄せら
れます。そして彼らは集まってきた獲物を一網打尽に食べてしまいます。また彼
らのこの口の中には小型の歯が並んでいます。
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(上)メガマウスの
標本
(下)お顔のアップ
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30年前になってようやくその存在が明らかになったメガマウスですが、2007年12月現在まで
全世界で40件の目撃例や捕獲例があります。この中で
最も
目撃例が多い地域はなんと我々の棲む日本で、
これまでに
12件の報告が
なされています。それ以外にはハワイやカリフォルニア、台湾、フィリピン、インドネ
シア、オーストラリア、南アフリカ、セネガル、エクアドルなどの国々で見つかっており、太平洋、大西洋そしてインド洋を含む
世界中の海で見つかっています。
しかしながら彼らはあまり寒い地域で見つかったことはなく、
熱帯から温帯にかけての比較的暖かい地域
に好んで棲んでいると考えられています。やっぱりのんびりした性格には厳しい寒さよりも、熱帯の温かい気候が合うのでしょうか?
左の写真は
世界で唯一、福岡県「海の中道マリンワールド」で一般公開されているメガマウスのホルマリ
ン漬け標本ですが、これを見てもらうといかに彼らの口
が大きいか分かっていただけるかと思います。ちなみにこの標本は脱色されていますが、生きている頃の彼らの体は上側が濃い灰色から青みを帯びた黒い色をし
ており、下側は薄い灰色のツートンカラーになっています。また彼らは2つの大きさの異なる背びれを持っており、尾びれは上側の方が大きく伸びています。
メガマウスの鼻先は
ホ
オジロザメやメジロザメなど他の大型のサメと比べてとがっておらず、丸くなっており、しばしば若いシャチやクジラなどと誤認されま
す。実際に1988年8月、オーストラリアの西海岸に現れたメガマウスは海岸近くの海を漂っているところをサーファー達に発見され、彼らはクジラが海岸に
座礁しかかっているのだと勘違いして、必死に沖合いに戻そうとしたということです。(残念ながらこのメガマウスは次の日に死んで、海岸に打ち上げられてし
まい、現在その標本は西オーストラリア博物館に所蔵されています)
これまで見つかった
メガマウス
の中で最大の個体は全長5.5m、体重はなんと1.2トンもあったということです。また彼
らはメスの方がオスよりも大きくなり、メ
スのメガマウスは全長5mにまで成長するのに対し、オスのメガマウスは4mぐらいです。また体重は平均750kgぐらいになるということです。
ちなみに日本で捕まったメガマウスのうち、死んでいるところを見つけられたある一匹は
現地の人々に食べられてしまったそ
うなのですが、いったい彼らの肉は
どんなお味だったのでしょうか?(普通、サメの肉はとても臭くて食べられないということなのですがメガマウスはどうだったのか?あと一体彼らをどの
ような料理にして食べたのかも気になるところです。)
その捕獲例の少なさから、メガマウスが普段どのような生活をしているのかはほとんどわかっていません。しかし彼らは普段
日中は深い海の中で生活していると
考えられています。しかし
夜に
なると餌であるプランクトンが水面に向かって上にあがってくるため、それを追いかけ水深10〜15mぐらいのかなり浅いところまで一緒に浮
上してきます。彼らはこのような生活サイクルを1日24時間の間に繰り返していると言われており、
昼間深いところに潜ってしまう性質のた
め、ここまで発見
が遅れてしまったのではないかと考えられています。
実際にかつてアメリカ、ロサンゼルスで見つかったメガマウスはまだ生きていたため、そのまま海へと戻されたのですが、その時に彼らの行動を調べるために
超
音波発振器がつけられ、50時間にわたってその行動が追跡されました。これによると確かに彼らは普段170mぐらいの水域に棲み、その後夜
になると水面近
くにまで上がってきたということです。一方で彼らは非常に警戒心が強く、何か異常を察知するとすぐに深い海の中へと姿を消してしまいます。
メガマウスが普段どのうにして繁殖を行っているのかは分かっていませんが、ジンベイザメやホオジロザメのように、
卵を体の外に産み落とすことはなく、メ
スの体内で子供がふ化し、親と同じ姿で産まれてくる卵胎生な
のではないかと言われています。
ちなみにこれまで
3件ほど生きたメガマウスの泳いでいるところが、ビデオを使って撮影さ
れています。これを見ると
彼らの動くスピードはゆっくりで、
かなり
のんびりと泳いで生活しています。また日本でも、2007年6月7日に静岡県北川沖の定置網に引っ掛かったメスのメガマウスの泳ぐ姿を撮影するのに成功し
ています。
彼らは他のサメとその体の特徴が大きく異なっていますが、これは
かなり古いタイプのサメのものに近く、
その時代の体のつくりをいまだに保っている数少ない
種類のサメなのではないかといわれています。このため彼らは
メガマウス科という彼らだけか
ら成る分類群に入れられていますが、一方で彼らは同じプランクト
ンを食べて生活するウバザメに近く、ウバザメ科として一緒に分類すべきだという説もあります。
とまあ、色々分かっていないことだらけのメガマウスなのですが、最後にその世紀の大発見にまつわる
エピソードを紹介した
いと思います。
冒頭にも述べたとおり、世界で最初にメガマウスが新種だと科学的に認めたのは、ワイキキ水族館の
レイトン・テイラーという魚類
学者さんでした。これを学会
に発表すれば間違いなく世紀の大発見になると言うことで、大変興奮していたテイラーなのですが、彼にはアメリカ自然史博物館の
リチャード・エリスとスタイ
ハルト水族館の館長である
ジョン・
マクコスカーという2人の友人がいました。じつはこの友人と言うのが大変いたずら好きな性格のようで、メガマウスを見つ
けて大喜びをしているテイラーにあることを仕掛けました。
ある日ごきげんのテイラーの所に一通の郵便が届きます。それは日本の科学者からのもので、その中にはある
科学論文の見本刷りが入ってい
ました。それを見た
テイラーはびっくり仰天、
なん
と自分が世界で初めて発見したはずのメガマウスの写真がでかでかと掲載されており、しかも論文の冒頭には日本のチームがこの
サメを発見したと書かれていたのです。これを読んだテイラーの落ち込みようと言うと、言葉では言い表せないぐらいひどいもの
だったということです(シーラ
カンス級の大発見が他人の手柄になってしまったのだから無理もありませんが…)。
しかし、その後彼が日系アメリカ人の秘書にこの論文を改めて詳しく翻訳させたところ、
メガマウスについて書いているのは冒頭の
部分だけで、
残
りの部分は日本の
芸術におけるネコや上野動物園のサイについての記事などがでたらめにつなぎあわされているだけであるということが明らかになりました。そし
て最後の部分に
は
「(上で述べたテイラー
の友人である)エリスとマクコスカーには論文執筆の上で大変助けになってもらい、感謝している」と書かれており、これを見たテイ
ラーは
この論文が彼ら二人の
作った、手のこんだ偽物であると言うことによ
うやく気付いたということです。
結局は無事
テイラーは彼の名で
メガマウスを学会に発表することが出来たのですが、いたずらだと気付いた時には
「あいつらぁ〜!」と
いった感じだったんじゃ
ないでしょうか?エリスとマクコスカーも
「本当に偉い学者さんなの?」と言い
たくなるぐらい茶目っ気たっぷりですが、
友達にいたらきっと苦労するタイプな
んだろうなぁ…。
執筆:2007年12月5日
[メガマウス標本画像撮影場所] 海の中道マリンワール
ド
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