古代ギリシャの時代から海の怪物として人
々から恐れ敬われてきたダイオウイカはまさに
深海という未知の世界に対する人間の心理の象徴であり、現在でもその巨体とミステリアスさから我々の興味を引き続けてやみません。きっとあの巨体から、一体いくつの『たこ焼
き』(『いか焼き?』)が作られるのか気になって夜も眠れなくなってしまった人も多いかと思われます。
こんなに魅力的なダイオウイカ様ですが、ご存知の通りその生態については全くといっていいほど
分かっていません。どこに住み、何を食べ、どのように繁殖し、どのくらいの数が生息しているのか?そして何よりもどれだけ大きくなることが
出来るのか?といった疑問も、全ては深海の闇へと葬り去られています。
しかしながら彼らの存在についてはかなり古くから知られており、世界各地にはダイオウイカがモデルになっ
ていると思われる巨大なイカやタコに対する伝説が数多く残されています。実際にそれを裏付けるようにダイオウイカは世界中で発見されてお
り、その分布は北大西洋(ニュー
ファンドランド、イギリス、ノルウェーやアゾレス、マデイラといった島々の沿岸)、南大西洋(南アフリカ沿岸)、北太平洋(日本近海)、南太平洋(ニュージーランド、
オーストラリア沿岸)、南半球の各
地の海のように非常に幅広いものになっています。しかしながら熱帯地域や両極地方で発見されることはほとんどありません。
昔から色々な研究により深海にすんでいると考えられているダイオウイカですが、具体的にどの程度の深さに済んでいるのか?確かなデータは得られていませ
ん。しかしながら近年ニュージーランドやオーストラリアなどで深海域の魚類に対するまき網漁業が商業化されており、それに伴ってダイオウイカが網に引っか
かることが多くなりました。それによるとどうも彼らはかなり幅広い深さに分布しているようであり、一般には深度300〜1000mの海底もしくは中層域に
棲んでいるのではないかと言われています。ですが、実際に本来の生息域で彼らが目撃されたことはなく確かなことは分かっていません。
ダイオウイカの特徴といえばやはりその大きさなのですが
、これまで記録されているのもので最大の
ものは18mを超えるといわれています。
18mと聞くとほとんどお化けのような気がしますが、この個体はスルメイカのように我々のイメージするイカとはかなりプロポーション的に異なっており、
ものすごく足の部分が長くて、その分胴体
が短かったということです。(それでも
胴体だけで5mぐらいある
そうですが…。)さすがにこれほどまで大きくなる個体は少なく
、普通見つかるダイオウイカの大きさは全体で6〜12mぐらいであるといわれています。またそ
の重さも
普通のもので
450kg、大きいものでは1tに達しイカど
ころか現在知られている
全ての無脊
椎動物の中で最大のものになっています。
ただこれまで見つかったダイオウイカの標本については、大きさの点でも個体によってかなりの開きがあり細かい部分でも異なった特徴を持つものが知られて
います。このようなことから
我
々が『ダイオウイカ』と一般に呼んでいるものには複数の種が
含まれていると考えられており、正確には『ダイオウイカ属』と
いうグループに属しているとされています。しかしながら実際に何種類のダイオウイカが居て、それぞれの種がどのような特徴を持っているのか
は良くわかっていません。
これにはダイオウイカの発見例自身が少ないためであるということもあるのですが、他にも次のようなことが原因となっています。まず、彼らが生きたまま捕
らえられることは非常にまれであり、通常は岸に流れ着いたり、死んで水面近くを浮遊していたり、マッコウクジラのおなかの中から発見されることがほとんど
です。つまり
我々が目撃するダ
イオウイカは死んでから長い時間たったものがほとんどであり、完全で保存状態のいいものはほとんどありません。従って科学者達はその
断片的な標本(ちぎれた脚や胴
体など)に基づいて研究を行ってきました。
しかしながらこれでは個体同士の特徴を比較することは困難であり、現在まで基準となるべき分類法が確立されていません。
初めてダイオウイカに対する科学的な論文
が出版されたのは19世紀後半であり、当時ダイオウイカは
“colossal
squid(巨大なイカ)”と呼ばれていました。現在用いられている
ダイオウイカ属(Architeuthis)という名前が使われ始めたのは1857
年で、それ以後流れ着いた標本をもとにして次々と新種として報告され、結果として
20種類以上の種が報告されることになってしまいました。し
かしながら先にも述べたとおり、分類法が確立していないことから標本を見た科学者が誤って新種としてしまうことがあり、
実際にダイオウイカが何種類であるのかは
研究者によって大きく食い違っていました。
従っ
てまず
研究の基本中の基本とな
る学名ですらはっきりと決まっていない彼らな
のですが、ある研究者らによると実際にはそれほど種類は多くなく、
それぞれ北大西洋、北太平洋、南半球の海
に棲む3種類ぐらいに分類することが妥当なのではないかといわれています。ですがこれにもしっかりとした根拠はなく、世界中に散らばってい
るダイオウイカの標本の統一的な研究が必要となっています。また先にも述べた近年になって可能になった網によるダイオウイカの捕獲は漂着死体などよりも標
本の痛みが少なく、完全な個体が得やすいことから分類上良いデータを与えるのではないかと期待されており、更に近年
コンピュータネットワークを通じて世界中
のダイオウイカの文献を検索し、比較できるシステムが整ってきています。
ちなみにこのページに掲載しているダイオウイカの写真は
沖縄の漁師さんがセーイカ漁とよばれる、
深海に棲むイカを対象にした漁の中で捕まえられて物であ
り
、上のものは7〜8m、下のものでも4mを超える巨体であったそうです!
生きたダイオウイカの写真は本当に貴重で
あり、今回
『OZOK』
様のご好意
によりお借りさせていただきました。ニュージーランドなどと同様に、今後このような深海での漁業がもっと盛んになれば
日本近海で新たなダイオウイカの発見も期
待できるかもしれません。それにしても
『海人(ウミンチュ)』スゴイっ!!
分類すらままならないほど研究が困難なダイオウイカ君ですが、全ての個体に共通している特
徴として次のようなものがあります。
まず彼らはもちろんイカですので10本の脚を持っているのですが、
他のイカよりも胴体に対する脚の長さが長
くなっています。特にイカは
『触腕(tentacles)』と
呼ばれる、他の脚よりも長い二本の触手を持っているのですが、
ダイオウイカのそれは非常に長くなってい
ます。
ダイオウイカの足には
最大で直径5cmに及ぶ吸盤がついており、特に触腕の先には縦
4列になってずらっと並んでいます。この吸盤一つ一つをとってみると、
ふちの部分にはキチン質とよばれるカニの甲羅に近い素材で出来た、細かくて鋭いノコギリ状の歯がついています。ダイオウイカは触腕の先
に付いた吸盤を用いて獲物をとると考えられていますが、このとき
このギザギザが獲物の体に食い込むことに
よってしっかりと捕らえることが出来ます。でかい図体のわりに
結構細かいところにまで気が回るん
ですねぇ。
また彼らは
これまで知られて
いる歴史上のものを含めて、全生物中ナンバーワンに大きな眼を
持っていることでも知られています。その大きさはというと、
我
々の頭と同じぐらいの大きさです。潜水艦の窓
から外をのぞいて、向こうからいきなりこんな眼が
『ギョロッ』とにらみ返
してきたら、トラウマになること間違
いなし!実際イカというものは体に比べて大きな眼を持っていることで知られているのですが、
ダイオウイカはこの大きな眼を使って、光
のほとんど届かない深
海中でものを見ているのではないかと考えられています。
ダイオウイカは他のイカと同じように胴体の先端にヒレを持っています。ただふつうのイカのひれといえばスペードに近い形をしており、末広がりなものに
なっていますが、
ダイオウイカ
のひれは縦に長い楕円形でかなり特長的な形をしており、ダイオウイカであると判別するときに役に立ちます。
ところで皆さん、イカの口ってどんな風になるか知っていますか?実は彼らの口には
鳥のオウムに似たクチバシが内蔵されています。ダイオウイカにももちろん
クチバシは付いており、触腕を使って捕まえられた獲物は更なる8本の腕によってしっかりと押さえつけられ、発達した筋肉で動かされるこのクチバシを使って
ダイオウイカはその獲物の肉を噛みちぎります。更にそのままでは消化できないため、さらに
ダイオウイカは舌の上に付いた、『歯舌』と呼ばれるやすり状の組織を使って食べ物を細かくすりつぶして
飲み込みます。昔見たディズニーの『海底2万マイル』という映画には巨大なイカのクチバシに船員が食べられそうになるシーンがありました
が、あれほど巨大でなくてもダイオウイカのクチバシはかなりインパクトがありそうです。
ダイオウイカはどうやって泳ぐのかということについては、他のイカと同様に
胴体の外側の膜(外套膜)と本体との間に
水を取り込み、それを漏斗(ろうと)とよばれるホース状の管から噴出して推進力を得るといわれています。またイカといえば墨を吐くイメージ
がありますが
ダイオウイカも体
の中に濃いセピア色の墨を持っていて、外敵に襲われたときに
はそれをやはり漏斗から噴出して逃げようとするといわれています。
冒頭にも述べましたが、私なんかはダイオウイカを見たとき
『こいつって食べられるの?』と
いう素朴な(アホっぽいとも言ふ)疑問が真っ先に沸いてきます。しかしながら
彼らの体の中にはアンモニアが高濃度で含まれており、非常に臭くて、口に入れたとしても
塩味と苦味でとても食べられたものではないということです。というのも通常の体の構造ではダイオウイカはその巨体を保つことが出来ず、なす
すべもなく沈んでいってしまいます(結構情けないかも…)。そこで、
彼らは体の中にアンモニアを塩化アンモニ
ウムに変えて大量に取り込み、体の比重を海水に近づけているといわれています。これによって
イカの感じる重さは小さくなり、彼らは自
由に海の中をプカプカ出来るという事らしいです。
もしあの体で美味しかったら真っ先に人
間に食べられて絶滅してたかも。
近年行われた研究によると
ダイオウイカの血液は高温になると酸素を
うまく運ぶことが出来ないことが示されており、
暖かい水の中で彼らは窒息してしまうと考えられています。このことから
ダイオウイカは普段冷たい水の中に棲んで
おり、何かの拍子に水の温度が上がるとそれを避けるように表層へ上がってくるといわれています。
ダイオウイカの標本のほとんどで、
個体サイズが小さくなるほどオスである割
合が多くなっていますが、実際に性別によって大きさが異なるかどうかは分かっていません。またでかいやつの宿命といいましょうか、
なんとなくおつむが弱そう…と
いうイメージがダイオウイカにはありますが、ところがどっこい(
死語)
彼らの神経系や脳は驚くぐらい発達しています。実際これはイカ
類全般に言えることで、
医学的
や生物学的な研究などで神経を研究するときにはヤリイカの仲間などの神経が用いられることが多々あります。ですからダイオウイカのダンナを
そこいらの軟体
動物とは一緒にしてはいけませんぜ、奥サン!!
ダイ
オウイカ関連のトピックス
2007年年末に京都府舞鶴市の砂浜に打ち上げられた全長3.7m、推定100kgのダイ
オウイカが東京の国立科学博物館で標本にされたそうです。ダイオウイカが京都府の海岸に流れ着いたのは、記録が残っている限りこれで3例目で、全て標本にされているそうです。ちなみに
このイカは解剖の結果若いメスであり、ダイオウイカの中でも触腕が長くなるタイプに属することが明らかになったそうです。
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[写真提供] OZOK 様