アジアには全部で3種類のサイが知られていますが、その一つ、
ヒマラヤ山脈のふもと、ネパールやブータ
ン、インドのアッサム州にかけてみられるのがインドサ
イです。
サイの特徴といえば、なんと言ってもその
角ですが、
インドサイも鼻の上に一本のやや黒い色を
した角を持っています。この角はオスメス両方に見られ、
長さは
通常25cm程度です。これはアフリカに住む
シロサイや
クロサイの
ものと比べると小振りですが、
最
大のものは57.2cmもあったことが知られ
ています。ちなみにこの角、骨で出来ていると思っている人も入れませんが、主にケ
ラチンと呼ばれるタンパク質で出来ており、我々の髪の毛や爪と同じような材質でできています。
角の大きさは小さいものの、体の大きさはアフリカにいるサイに負けず劣らず大きくて、
オスのインドサイでは体重2.2〜3.3トン、メスでも1.6トンに達し
ます。そして
肩の高
さは1.7〜2m、
全
長は4mにもなり、さらに全身はヨロイのように分厚くて丈夫な皮膚に覆われています。また全身にはまるでヨロイの継
ぎ目のような大きなひだがあり、特に首回りや肩、腰、足の付け根などのものは顕著に発達しています。体の側面や後ろ側には、人間のズボンに付いている
鋲(びょう)のような形をしたいぼがついているのも特徴の一つです。全身にほとんど毛が無いように見える彼らですが、耳の中やしっぽの先には毛が生えてお
り、また目にはまつげも生えています。
彼らは普段の生活を主に聴覚や嗅覚に頼って過ごしており、特に耳は180度自由に回すことが出来て、周辺の音を敏感に聞き取ることができます。一方で視力
は弱いと考えられています。普段はのんびりとしている彼らですが、本気を出すとなんと
時速40kmもの速度で走ることができ、また大きな体に
似合わず
泳ぎも上手で、サイの仲間で最も水に入ることが多い種であるといわれています。
インドサイは主に平地の草原に棲んでおり、またその周辺の森林や沼地にも姿を現すことがあります。彼らは主に草や果物、葉っぱ、木の枝、そして水中植物な
どの植物性の餌を食べ、時には人間の作った農作物を食べに姿を見せることもあります。彼らの唇は非常に器用に動き、餌である植物の茎に沿って唇を巻き付
け、先端
を引きちぎるようにして食べることができます。また背の高い植物を食べるときには、前足で植物を踏みつけて口と同じ高さに持ってきて食べることもありま
す。体の大きな彼らはその分水も大量に必要とし、水を飲む場合には一度に1〜2分間も飲み続けます。餌探しが行われるのは主に早朝と夜で、日中の暑い時間
帯にはあまり歩き回ることはありません。また彼らは日中に中の暑い時間に水浴びをすることが多くありますが、これは日中の暑さから体温の上昇を防ぐ
ほかに虫除けを目的としているといわれています。
インドサイは主に単独生活を行う動物で、子供を連れた母親以外はほとんどの場合一匹だけで行動します。しかし水浴び場や餌場などには数頭のサイが集まって
くることもあります。また
オス
は2〜8平方キロメートルの大きさのなわばりを作ります。普段の場合であればなわばりのヌシ
であるオスは、他のオスがなわば
りに進入してきてもほとんど意に介さず、無視します。しかし繁殖期などで気が立っている場合にはしばしば激しい争いに発展し、場合によっては他方を殺
してしまうほど強烈な戦いが行われます。この時彼らは角ではなく、
主に牙のように鋭い門歯で相手に噛みついて攻撃します。
一方で、サイといえばあまり鳴き声を出すイメージはありませんが、インドサイは様々な鳴き声で仲間のサイと連絡を取り合っており、知られているだけでも
10種類以上の鳴き声があると
いわれています。またサイ達は互いに同じところで糞をする習性あり、その臭いを元に自分の周りにどのぐらいの個体が棲んでいる
のかを知っているのではないかといわれています。その他、頭を振ったり、互いにふれあったり、体をなめることでも意思疎通が可能で、その一方で不審者が近
づくと後ろ向きに尿をかけて追い払おうとします。
インドサイに
は特定の繁殖期というものはなく、繁殖は一年を通じて行われます。交尾ができるのはなわばりを持つオスだけで、彼ら臭いを手がかりとして発
情
中のメスを見つけると交尾を行いますが、まれに嫌がるメスとの間に戦いが起こることもあります。
インドサイの妊娠期間はとても長く、1年4か月におよび、
通常体重70kgぐらいの子供が一頭産み落とされます。
生まれた子供は、生後一年間までは母親の母乳で育てられますが、その後乳離れを迎えます。メスのイ
ンドサイは3年に一度の周期で繁殖を行いますが、次の子供を産む一週間前ぐらいになると、メスはその前に生まれた子供を追いやって独り立ちさせます。しか
しごくまれに新しい子供が生まれても、前の子供と行動を一緒にする母親もいるそうです。
独り立ちした若いオスやメスのインドサイは少数からなる群れを作ることがあり、まだ未熟な彼らは群れを作ることで身を守っているのではないかといわれてい
ます。またモンスーン期の泥浴び場や3〜4月の森林地帯などでは、しばしば大人のオスをリーダーとしたメスと子供からなる小さな群れが作られることもあり
ます。
飼育下においてオスは
5歳で
も繁殖することがありますが、自然界でオスのインドサイはまずなわばりを持てるぐらい強くならないといけないため、ようやく
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歳ぐらいで繁殖を行えるようになります。一方メスのサイは飼育下では
4歳ぐらいで繁殖をし始めます
が、自然界では体が小さいうちはオスの攻撃に耐えられず
殺されてしまうため、体が大きくなる
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歳ごろになってようやく繁殖できるようになります。
自然界においてインドサイの天敵となるのは唯一トラぐらいのものですが、そのトラももっぱら子供のサイを狙うのがほとんどです。一方で彼らの皮膚には寄生
虫や
虫が付くことがあるのですが、それを狙ってキュウカンチョウやサギなどの鳥がサイの皮をついばむ姿がよく見られます。
インドサイの寿命は40年ほどである
といわれていますが、
最長で
47歳ま
で生きた例が知られています。
インドサイに最も近いのはインドネシアに住む
ジャワサイであり、この2種は
1170万年ほど前に共通の祖先から分岐したといわれています。またその次に近
縁なのはやはり同じアジアに住む
ス
マトラサイで、こちらは1500万年ほど前にインドサイの祖先から分岐したと考えられています。
古代におけるインドサイ
の分布は東南アジアから南アジアにわたり、スリランカにも棲んでいたことがわかっています。
実は
インドサイはアフリカのサ
イよりも古くから西洋社会にその存在が知られており、1515年に
はインドからポルトガルへと送られた記録が残っています。
当時ポルトガル国王であったマヌエル一世はこのサイをローマ教皇レオ十世のもとへ送ろうとしましたが、残念ながら途中が船が難破し死んでしまいました。し
かしこの時サイのスケッチだけは残されており、有名な画家である
アルブレヒト・デューラーがそ
れを木版画として描き直し、この絵はその後長きに
わたってヨーロッパにおいて数少ないサイの姿を伝える資料として珍重されたそうです。また分類学の祖とよばれる、
カール・フォン・リンネが
1758年に作
成した動物の分類リストの中にはすでに彼らが含まれていたことがわかっています。
人間がアジアに住むようになった後も
インドサイは西はパキスタンからインド、
東はミャンマーやバングラディッシュにまで分布し、時には中国にもその姿を現した記録が残っていますが、
現
在はその数の減少と共に生息地も大幅に小さくなっています。インドサイの生息数が減った最大の理由はその角にあり、
伝統的に東洋では漢方薬の材料として高
値で取引
されていました。現代でもインドサイの角は1kgあたり300万円以上の値で取引されることもあるそうで、これは
同じ重さの金の値段に匹敵します。しかし
サイの角には医薬品としての効果は全くないといわれています。その他にもサイの皮や血液、排泄物なども金銭的価値があり、これらも各地で取引がなされたよ
うで
す。そしてその角を目当てに19世紀から20世紀の初め頃にはインドサイの大規模な狩りが各地で行われました。その結
果彼らの数は100頭前後にまで減少
してしまったといわれ
ています。
これに危機感を覚えたインド政府は1910年からは一切の狩りを禁じ、さらにその後の厳重な保護活動によって、現在では2400頭程度にまでなんとか生息
数を回復
させました。しかし依然として絶滅の危険性が去ったわけではなく、世界自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定され、ワシントン条約でもインド
サイの商取引は厳しく禁じられています。またネパールなどでは700人に及ぶ銃で武装したレンジャーが常にサイを護衛しており、平均してサイ1頭あたり、
2人の護衛が付いているそうです。
その一方では世界各地の動物園では飼育下における繁殖が試みられています。
飼育下におけるインドサイの出産の最初の
成功例はかなり古く、 1826年にインドのカトマンズで
記録され
ています。しかし、その後約100年にわたって、新たな成功例が報告されることはなく、1925年ようやく同じ
インドのコルカタで2例目の報告がなされ、ヨーロッパなどの西欧社会における成功例が見られるまでには1956年まで待つ必要がありました;。その後は繁
殖方法も確立され、かなり多くの飼育下における繁殖が達成されています。日本では最初多摩動物公園がインドサイの出産に成功し、その後東山動物園や金沢
動物園でも同様の出産が行われました。また一部のサーカス劇団などでは彼らを出し物として使うこともありますが、その行動には予想の付かない部分が多く、
かなり危険な一面も持ち合わせているといわれています。
現地においてインドサイはそれほど危険な動物ではないものの、
農作物を食べ荒らすことがあり、農家の人
にとっては嫌われることも少なくありません。かつて
政府がインドサイに荒らされた茶農園を修復するのに助成金を出したことまであるそうです。また子供を連れた母サイは非常に神経質であり、出会った人間が殺
されてしまった事件も発生しています。これらの事例はインドサイと人間の住む場所を上手く切り分けることで避けることが出来ると考えていますが、
近年の都
市開発により生息地を追われたサイ達が人里近くに姿を見せるケースは多くなりつつあります。
執筆:2008年10月4日
[画像撮影場所] 多摩動物公園
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