日本各地の動物園でゾウやサイとともによく見かけるカバさんですが、大きな体とユーモラスな
顔はみなさんとてもなじみ深いものと思います。しかし実は世界にはもう一種類カバの仲間がいて、その名を
コビトカバといいます。
コビトカバの「コビト」と言うのは漢字で書くと
「小人」となりますが、彼らは
その名の通り背の高さが普通のカバの半分
ぐらいの大きさしかないさミニカバ的な存在です。
一般のカバが体長3.5m、肩の高さ1.5m、体重は1.5〜1.8tもあるのに対し、コビトカバは
体長150〜180cm、
肩の高さ75〜80cm、そ
して体重は
180〜275kgし
かありません。
またカバはとても大きなゴツゴツした顔を持っているのに対してコビトカバの頭は比較的小さくて顔も角ばっておらず、どちらかと言うと
全体的に丸っこい体を
している印象を受けます。またコビトカバの体は前の方が低く傾斜していますが、これも森の中で食べ物を食べやすくするためだと言われていま
す。草原の近くに棲むカバとは似ている
ようで色々変わってるんですねぇ。
コビトカバは水の中に居る時間が長いため、
水中での生活に適応しており、耳や鼻は水
の中では筋肉の栓を使って閉じることができます。そして彼らはこれに
よって
最大でなんと6分も水の中に潜ることができます。また水
の中にいることが多いせいか、ホ乳類であるにもかかわらず、彼らの体には体毛が少なく、口のま
わりや耳の内側、しっぽの先にわずかに生えているだけです。
ところでカバの鼻や目は比較的上に突き出しており、水中でも息をしたり水の外のものを見やすくなっています。これに対してコビトカバの目や鼻の形はそれほ
ど発
達していませんが、
これは陸上で過ごす時間がカバよりも長いため、
カバほどは水中の生活に適応しきっていな
いことを示しています。また
化石からわかっている原始的なカバの体
は、現代のカバよりもむしろコビトカバの方に近く、彼らはその頃の特徴を現在も引き継いでいるのではないかと考えられてます。
また彼らは
厚さ数センチメートルにもおよぶ、緑色をおびた黒かもしくは茶色い色を
した皮膚を持っていますが、お腹の方に行くとわずかながら薄い色をしてい
ます。この皮膚には汗を出すための汗腺はありませんが、コビトカバの表面には他の動物では見られない、
高アルカリ性のピンク色をした分
泌液が常に流れています。この分泌物はその色から
「血の汗」と呼ばれています
が、
実際には汗でも血でもあり
ません。カバも同じようにこの「血の汗」を流す
ことで知られていますが、
これ
には彼らの皮膚を乾燥から守る役目があり、また高アルカリ性であることから雑菌などの繁殖を抑える効果もあると言われて
います。しかしながらそれでもコビトカバの皮膚は乾燥に弱く、日中水の外に出てしまうとあっという間に乾いてひび割れてしまうそうです。
コビトカバが住んでいるのはアフリカ大陸の西海岸のリベリアやコートジボワール、シエラレオネなどのわずかな限られ国々だけで、
木々が生い茂った密林の中
の川に住んでいます。そのなかでも彼らはリベリアに最も多く住んでいるため、別名
「リベリアカバ」とも呼ばれて
います。カバよりは小さいと言っても大型ホ乳類の部類に入るコビトカバですが、実は
発見
されたのは比較的最近の19世紀中ごろに入ってからで、それまでは西アフリカの外
の地域には全く知られていませんでした。従って、コビトカバは世にも珍しい動物として、
ジャイアントパンダやオカピと共に「世界
三大珍獣」の一つにあげら
れています。
コビトカバに
ついて最初の報告がなされたのは1843年のことで、
その後1870〜80年代にかけてようやく完全な標本が得られました。この標本は現在も
オランダ、ライデン自然史博物館に所蔵されているということです。また最初の頃彼らは新種ではなく、カバの子供なのではないかとも考えられていました。そ
うして最初に西洋諸国にコビトカバが持ち込まれたのは1873年のことでイギリスのグループが捕まえた個体が送られましたが、残念ながらその後すぐに死ん
でしまったと言われています。
その後1911年に最初ドイツに送られたコビトカバが、ニューヨークのブロンクス動物園に移動し、そこで順調に飼育がなされたということです。また
大手タ
イヤメーカーであるファイアストーン社の創始者ハーベイ=ファイアストーンが当時のアメリカ大統領であったカルビン=クーリッジにビリーと言う名のコビト
カバを送ったということが記録に残されています。このカバはその後クーリッジによってスミソ
ニアン国立動物公園に送られ繁殖にも成功したということです。(
きっと大統領もさすがにカバは飼えな
かったんでしょうなぁ…。)そしてなんと
現在アメリカの動物園で飼育されているコ
ビトカバの大部分はこのビリーの子孫であると
言われています。
コビトカバが住んでいるのはアフリカのジャングルの奥地であるため、
これまで野生における研究はほとんど行わ
れてきておらず、コビトカバについて知られて
いることのほとんどは動物園などで飼われている個体から得られたものです。
カバ達は時に数十頭にも及ぶ群れを作って生活していると言われていますが、コビトカバはほとんど
単独で行動を行い、夫婦や親子
以外で群れをなすことは全く
ありません。また彼らはそれぞれ
な
わばりを持っており、オスのものは約1.6平方キロメートル、メスのものは約0.4〜0.6平方キロメートルの大きさが
あります。
これらのなわばりはコビトカバが排便をするときに、しっぽで糞をあたりに撒き散らすことでマークングされます。この行動はカバでも見られるのですが、動物
園などでもしばしばこの癖が出てしまうみたいで、周りのお客さんに大変迷惑なことになってしまいます。
なので動物園のコビトカバの様子がど
うもおかしい時
は、くれぐれも注意してください。ところで他の動物などではなわばりの中で他の個体に出会うと激しい戦いになることがよくあ
りますが、コビトカバの性格は
温和であるらしく、ほとんど争うことはせず互いを無視するだけのようです。
また彼らは普段川べで休む時、土手に空いた穴などに横たわって寝っ転がっている姿がよく目撃されます。従ってコビトカバはある種の巣を使って生活をしてい
ると言えるのですが、この時使われる穴は彼ら自身が掘って作るなのか、もともと自然に開いている穴を使うのかはよく分かっていません。しかし同じ偶蹄目で
あるイボイノシシなどが巣穴をほることがあることを考えると、コビトカバも自分で穴を掘って巣を作るのかもしれません。
彼らは完全な草食性で、
森の中
に生えているシダや木の葉っぱ、地面に落ちてきた木の実などを食べていると考えられています。
餌を食べるのは夜のみで、日中
は川の中で休んでいますが、夕方になると陸に上がってきて6時間ほど餌である植物をもとめて森の中をうろつきます。水の中にいる時間が多い
割りには水中の
植物を食べることはなく、またカバのように平地に生えた草を食べることもあまりありません。しかしそれ以外の森の中の植物であればほとんどなんでも食べ、
かなり食いしん坊なところがあるみたいです。
動物園などではコビトカバの繁殖法が比較的発達しており、
世界各地の動物園でたくさんの繁殖例が報
告されています。日本でも上野動物園で子供が次々と生ま
れており、1
970年から
1991年の間に
世界の動物園で産まれたコビトカバの数は2倍以上になったと言われています。
しかしながら、飼育下での繁殖の仕方は良く分かっているものの、
野生においても同じなのかどうかはわかり
ません。特に飼育下の個体は一年中妊娠や出産を行
いますが、野生のものが同じく時期を選ばず繁殖をしているのか、特定の繁殖期を持っているかどうかは興味が持たれるところです。
これまで飼育下のコビトカバから分かったところによると、メスのコビトカバは35日に1回ぐらいの割合で1〜2日の繁殖期に入ります。彼らは複数の相手と
交尾をすることはなく、同じ相手だけと繁殖期の間ずっと一緒にいることが知られています。コビトカバの交尾は水の中と陸上のどちらでも行われ、
190〜210日ぐらいの妊娠期間の後、子カバが産み落とされます。
産まれてくるカバの数は
通常一匹だ
けですが、
ごくまれに双子が生まれることもあるそう
です。
産まれたばかりのコビトカバの子供の
体
重は4.5〜6.2kgで、
産まれてすぐに水の中を泳ぐことができま
す。子供達は普段お母さんと水の中に隠れていま
すが、お母さんカバが餌を食べに陸上に上がっても一緒について行くことはせず、川の中に一人とどまります。そして一日に約3回ぐらいお母さんカバは子供の
いる水辺に戻って来て、鳴き声を使って呼び寄せます。子供が近くにくると母親は地面に横たわって母乳を与えます。こうしてコビトカバの子供は6〜8か月ぐ
らいお母さんと共に過ごしますが、その後は完全に独り立ちし、4〜5歳ぐらいになると繁殖ができるようになります。
動物園などで飼われている
コビト
カバは比較的長生きし、寿命は
30〜55年ぐらいであるとされています。しかし野生において彼らがどれぐらい生きるのかは分かっていませんが、こんなにな
長生きしないと言われています。
また大人のカバには天敵となるような動物はいませんが、コビトカバはそれよりも体が小さいため、ヒョウやニシキヘビ、ワニなどの獲物となってしまうと考
えら
れています。しかし実際にどの程度コビトカバが他の動物によって食べられてしまうのかはよく分かっていません。
飼育下におけるコビトカバは順調に繁殖に成功していますが、野生のものはもともと数が少なく、1993年に国際保護連合が行った調査によるとわずか2〜3000頭しか生存していないと報告がなされました。
コビトカバが住んでいる地域には政治的に不安定な国々も多く、また彼らが密林の奥深くに住んでい
るため、個体数の調査が難しく、その後この生息数がどうなったのかはよく分かっていません。しかしこれらの地域では農地の拡大などに伴い、大規模な森林伐
採が行われているため、彼らの棲む森は減少していっています。従って現在のコビトカバの数はさらに減少しているの
ではないかと多くの人が考えているみたい
です。
また森林伐採がすすんで大きな森が小さな森同士に分断されてしまうと、それぞれのグループが行き来することが出来なくなります。こうなると同じグループの
中で近親交配が進むことになり、偏った遺伝子を持つ個体が増え、一度疫病などが蔓延すると一気にその地域のコビトカバがみんな一度に死んでしまうという危
険性も出てきます。
コビトカバはカバのように立派な牙は持っていないため、それを狙って密猟される心配はありません。しかし、一方で彼らの肉はイノシシに似て大変美味である
と言われていて、そのためにハンター達に狩られる事例が数多く確認されています。
これらのことから野生における生息数の正確な把握と、保護が必要とされているコビトカバですが、先に述べたとおり彼らの棲む国々では内戦や戦争がたびたび
起こっており、なかなかうまくいかないのが実情です。コビトカバは人間同士の戦争が自分たちだけでなく、他の動物にも悪影響を与えてしまっている残念な例
といえ、何とか一日も早い改善を望むばかりです。
またこれら人間の行動が原因となったのかはわかりませんが、かつて実際に一部のコビトカバが完全に絶滅してしまった例があります。それはかつて今のコビト
カバが住んでいる地域よりも西に位置するナイジェリアという国の二ジェール川流域に生息していたコビトカバで、「ナイジェリアコビトカバ」と
呼ばれていま
した。彼らの姿形は今のコビトカバに大変よく似ていましたが、頭の骨などに明らかな違いがみられ同
じ種の中でもわずかに異なる種類である「亜種」として分
類されていました。
このナイジェリアコビトカバは20世紀に入った1945年頃にヘスロップと言う人に発見されたのですが、その頃にはすでに30頭ほどしか生き残っていないと言われていま
した。そしてその後幾度か目撃されたり、銃で撃ち殺されたりして生存は確認されていましたが、1989年に行われた大規模な調査では一匹も確認することが
できず、現在は絶滅してしまった可能性が極めて高いと考えられています。またナイジェリアコビトカバについては残された文献
や歴史がほとんどなく、その実
態についてもよく分かっていません。
一方でインド洋に浮かぶマダガスカル島にもかつてはコビトカバの仲間が住んでいたと
言われています。このカバは現在のコビトカバのようにあまり川の中には住
んでおらず、もっと高地にある森の中に住んでいたのではないかと言われてい
ます。しかしながら現在はその姿を見ることはできず、人間の行動範囲が世界
規模になっていた500年ほど前までに絶滅してしまったのではないかと言
われています。
また地中海に浮かぶシチリア島やマルタ島ではコビトカバに似た小型のカバの化石が見つかっています。
しかしながらこれらの化石は詳しい研究の結果コビトカ
バではなく、どちらかというと、かつてヨーロッパに住んでいた大型のカバの
ものに近いことが明らかにされました。これらのカバは島での生活に馴染んで進化して
いく上で小型化していったと考えられていますが、このように大型の動物が島で小型化してしまう現象は
他の動物でもしばしば見られ、「島嶼化(とうしょう
か)」と呼ばれています。
また現地の人々にとって森の奥深くに棲むコビトカバはとても神秘的な存在であるらしく、様々な伝承やおとぎ話が残され
ています。それによるとコビトカバ
は夜、森の中を歩くときに辺り
を照らすため、光り輝くダイヤモンドを口にくわえて持ち歩い
ていると言われていました。このダイヤは昼間カバが寝ている時に
はどこかに隠されているのですが、夜になると彼らはそれを引っぱり出してくると考えられており、この時にコビトカバを捕まえればそのダイ
ヤが手に入ると言い伝えられて
きました。また他にもコビトカバの子供はお母さんの母乳ではなく、皮膚から出る分泌液を舐めて暮らしているいう言い伝えもあります。ちなみにリベリアなど
で
はコビトカバは伝統的に「水の中に
棲むウシ」として考えられてきたようです。
そんなこんなで、名前だけでなくその行動も珍獣っぷりが満点のコビトカバですが、日本でも上野動物園や東山動物園、南紀白浜アドベンチャーランドでも見ら
れますので、興味のある方はぜひ遊びに行ってみてください。
執筆:2007年11月9日
[画像撮影場所] 恩賜上野動物園