流線形の体が
美し
いバンドウイルカは熱帯から温帯の比較的暖かい地域の世界中
の海に生息しています。彼らは恐らく水族館などで一番よくお目にかかるイルカ君で、イルカと言
えば彼らのことを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。またテレビで有名な「わんぱくフリッパー」と
いう作品に出てくるのもバンドウイルカで、その他にも多くの作品で登場しています。
彼ら主に陸地に近い比較的浅い海によく見られますが、一部のグループはかなり沖の外洋でも見られます。またごくまれにですが、世界各地の比較的大きな川を
上ることもあります。
彼らはイルカの中ではかなり大型の種類で体長は2.5m、体重は最大2〜300kgになりますが、それぞれの地域
で大きさに差があると言われています。北
の方の冷たい海にすむ者の方が、暖かい海にすむものよりも大きくなる傾向があり、最も大きなバンドウイルカは体長4m、体重650kgに達します。また彼
らは一般にはオスのほうがメス
より大きくなります。
彼らの全身灰色をしていますが、よく見ると体の上側のほうが色が濃くて、下側は明るく白に近い色になっています。これは魚などと同じようなカラーリング
で、上から見ると暗い深い海の色に、逆に下から見ると水面からはいる日光の中にまぎれることができ、天敵や獲物に見つかりにくくなる効果があります。
バンドウイルカは泳ぎが得意で通
常時でも時速20kmぐらいで泳ぐことができます。
しかし、本気を出すと短い時間であれば時速45kmぐらいなら出すこ
と
もでき、一説には最高で時速70kmに達することもあると言われていま
す。彼らがこんなにもすごいスピードで海中を泳ぐときに重要なのが、その筋肉質の大
きなしっぽで彼らはこれを大きく上下に動かすことで全ての推進力を得ます。この尾びれには骨は入っていませんが、丈夫な結合組織でできてお
り、また胸びれ
を舵として使って泳ぐ方向を変えることができます。
さて2006年10月28日、
日本の和歌山県で、ある一匹のメスのバンドウイルカが捕獲されました。
彼
はぱっと見たところ他のバンドウイルカと違ったところはないのです
が、ただ一つだけ驚くべき特徴を持っていました。というのも
このイルカは体の後ろ側のお腹の所に2枚の余分なひれを持っていたのです。そして詳しい調査
の結果これは
かつてイルカの先
祖が持っていた後ろ足の名残が、先祖返りによって現れたもので
あるということが明らかになりました。(このイルカは現在
「はるか」と名付けられ、和歌
山県太地町の
くじらの博物館に
て飼育され、一般公開も行われています。)
もともと
イルカとクジラの先祖
は5000万年前ごろまで陸上で生活をしていました。
その後海での生活に適応するにつれ、それぞれの足の指がなくなり、ひれのようになっていったのですが、後ろ足のものは完全に退化して失われてしまいまし
た。クジラの仲間の中にはその頃の名残である骨が体の中に残っているものもいるのですが、この和歌山で見つかったバンドウイルカの場合、
何かの拍子で先祖の持っていた遺伝子が働
いてしまい、体の後ろ側、大昔に後ろ足が生えていたところに余分なひれが現れたのです。現在このイルカは和歌山県太地町立
くじらの博物館で元気に飼育さ
れており、
X線研究やDNA研
究を行うことで、彼女から遺
伝学的に多くの情報が得られると期待されています。
ところで前に伸びた鼻先が特徴的な彼らですが、このくちばしには鼻の穴は開いておらず、本当の呼吸するための鼻にあたる器官は頭のてっぺんについていま
す。これは呼吸孔という穴なのですが、彼らは水面に頭の上の部分だ
けを出したまま、これを使って空気を吸うことができ、水の中に入ると自動的にこの呼吸穴は閉じられます。イルカの仲間はクジラと比べて、一度に水の中にも
ぐっている時間が短く、バンドウイルカ達も最大5〜8分置きに一回は息継ぎのために水面へと上がってくる必要があります。しかし普段の彼らの呼吸回数はさ
らに多く、一分間に数回呼吸を行います。
ちなみにここでは「バンドウイルカ」と言う名前で紹介していますが、彼らはもともと「ハンドウイルカ(半道イルカ)」と
いう名前で呼ばれていました。この名前は
最初北九州から能登半島にかけての地域で使われていたもので、歴史的には江戸時代に書かれた書物にまで
さかのぼることができます。したがって本来正式な和名はハンドウイルカの方な
のですが、最近では動物園や水
族館などを中心に「バンドウ
イルカ」と呼ばれることが多くなっているようです。ところで「半道」と言う名前は「中途半端」と言う意味があるそうなのですが、一方で歌舞伎用語で「三枚
目」を表す「半道」から来ているとも言われています。(いずれにしてもあまり嬉しくない名前
のような気もしますが…)
さて世界中の海で見られるバンドウイルカ君たちですが、近年まで全てのバンドウイルカが一つの同じ種類に属するのか、それとも複数の種が含まれているのか
は研究者の間で議論の的となっていました。しかし近年DNAを使った遺伝子に基づいた研究が進み、それによるとバンドウイルカには大きく分けて、「バンドウイルカ」と「ミナミバンドウイルカ」の2種類があることが明らか
になりました。
これら2つのうちバンドウイルカの方は世界中の海にすんでいて、比較的青味がかった体をしており、くちばしから頭のてっぺんにある呼吸孔にかけて濃い色の
筋が見られるのが特徴です。一方のミナミバンドウイルカはインド洋や中国、オーストラリアの沿岸を中心に分布していて、日本でも沖縄や伊豆・小笠原諸島に
姿を現し、お腹に白い灰色の斑点を持っています。
更にバンドウイルカの中には亜種(種をより細かく分類したもの)であるグループが居ると言われており、太平洋にすんでいて目から額にかけて黒い線のある「タイヘイヨウバンドウイルカ」と
ヨーロッパ東部にある黒海に棲む「コッ
カイバンドウイルカ」の2種類があると言われています。
これらバンドウイルカの分類については現在でも議論が続いており、最終的に何種類に分類すべきなのかはまだ結論が出ていません。更にミナミバンドウイルカ
の遺伝子を詳しく調べたところ、彼
らはバンドウイルカよりもむしろ、現在は違うグループに分類されているタイ
セイヨウマダライルカに近いの
ではないかと言う説もあります。このあたりの分類法を決定するには、より詳しい遺伝子研究が必要なのかもしれません。
バンドウイルカはすぐれた視覚を持っていますが、それ以上に重要であると考えられているのがエコロケーションという音を使って周辺の物体を探す方法で
す。
彼らは呼吸のための穴の近くにある気嚢と呼ばれる空気の入った袋を使って、非常に高い音をごく短い時間だけ発するこ
とができ、この音のことを「クリック
音」といいます。また彼らのでっぱったおでこの中には「メロン」と呼ばれる脂肪でできた塊が入っていますが、
発生したクリック音はこのメロンを通ってイル
カの前方方向にまるでビームの
ように打ち出すことができます。
そしてもし彼らの前方に何か動
物や岩などの物体があれば、このクリック音は反射してイルカの所に戻ってきます。彼らはこの音を聞くことによって餌となる
動
物を探したり、仲間のイルカの位置を割り出したりします。そして一説にバンドウイルカ達はクリック
音を聞き分けることで、物体の位置だけでなく形まで知ることが出来ると言われています。
ちなみに我々人間は主に耳で音を聞き、バンドウイルカも目の後ろに耳の穴を開いていますが、彼らは音を聞くときはこれを使わずに、下顎を伝わってきた音を
骨を通して直接内耳に伝えます。これはいわゆる「骨伝導」と呼ばれる音の聴き方なのですが、これによって一発目の反響音を聞いたイルカは、次のクリック音
を出して、連続的に物体の動きを追いかけます。
というわけで聴覚に関しては我々人間など比べものにならないぐらいすごい能力を持っている彼らですが、嗅覚はほとんど役に立たないと言われています。これ
は普段海に潜っている時に、我々の鼻に相当する頭のてっぺんの呼吸孔が閉じられていることから予想出来ると思うのですが、泳いでいる時は彼らはものの臭い
をかぐことができないません。従ってほとんど使われることのない彼らの嗅覚は退化してしまったということのようです。またこのため必要性がほとんどない
彼らの嗅覚神経は失われてしまっています。
またバンドウイルカ達が味を見かける能力(味覚)を持っているのかどうかは、それほど詳しいことはわかっていないものの、どうも塩味や甘味、苦味、酸味な
どの様々な味を区別することが出来るようです。水族館などで育てられているイルカなどは食べ物に関して好みがあるとも言われていますが、これが果たして味
覚によるものなのかどうかはわかりません。
また彼らの眠りはとても浅く、ここからイルカの研究者たちの中にはバンドウイルカは眠る時に脳の半分ずつが
休んで、睡眠状態になるのではないかと言っている人もいます。その一方で彼らは一回の睡眠時間がとても短い「微小睡眠」と呼ばれる睡眠形
態を取っているのではないかという意見もあります。
バンドウイルカ達は例年3〜4月頃に繁殖期に入ります。気に行った相手が見つ
かったオスはそ
のメスのイルカの周りを泳ぎまわります。そして体や鼻先をこす
りつけたり、口を開けたりしてポーズを取るなどしてプロポーズを行い、メスがオスを気に入れば交尾をします。交尾は水中でお互いの腹をあわせ合う形で
行われます。
バンドウイル
カの妊娠期間はおよそ1年で、その後普通一回の出産で一匹の子供が産まれます。この時助産婦役で
あるイルカ(メスでなくオスのイルカが行うこ
ともある)が出産の手助けをすることもあります。産まれたばかりの子供は体長1m、体重20kgの大きさがあ
ります。それぞれの地域で出産時期は違っており、アメリカのフロリダ沖にいるバンドウイルカの出産は2〜5月ぐらいに行われますが、地中海
などヨーロッパ
周辺にすむものはそれよりも少し遅く、真夏頃に子供を産みます。
イルカはホ乳類であるため、子
供はお母さんからのミルクを飲んで育ちますが、イルカの乳首は体の後ろのお腹の左右にあ
るスリットの中に隠れています。大体産
まれて1年〜1年半ぐらいまで母イルカは子供に母乳を与えますが、それと共に生後半年ぐらいで魚などの固形の餌も食べるようになります。乳離れした後も子
供は母イルカと4〜5歳ぐらいになるまで一緒に暮らし、その後子供達は一人立ちしていきいます。
その後オスのイルカは9〜13歳ぐらいで繁殖が可能になりますが、メスの場合はそれよりも若干早く5〜12年で性的に成熟します。出産は2〜3年に一度行
われますが、死産であったり、産まれてばかりの子供が死んでしまったりすると、すぐ次の年に新たな出産が行われることがあります。バンドウイルカの寿命は
オスとメスで異なっており、メスのバンドウイルカの寿命は40年程度で
すが、オスのイルカが30年以上生きることはほとんどありま
せん。
バン
ドウイルカ関連のトピックス
和歌山県太地町立くじらの博物館で飼育中の腹
びれをもつメスのバンドウイルカ「はるか」の研究プロジェクト運営委員会の初会
合が東京海洋大学で行われ、繁殖を目的としたものなど四つの研究チーム
の設置が決定されました。本来なくなるべき腹びれをもつはるかは遺伝学的にも非常に重要で、クジラ類の進化の謎を解くために大変注目されており、
世界中からも様々な研究テーマを募集するそうです。
12月22
日、和歌山県太地町立くじらの博物館で飼育中の腹
びれをもつメスのバンドウイルカの一般公開が
始まりました。また一般公募により愛称は「はるか」に
決定しました。はるかは現在年齢が5歳ぐらいであると見積も
られ、体長278cm、体重は240kgあり、毎日サバなど
を13kgも食べて順調に成長しているそうです。
本文でもお
伝えした、和歌山県太地町立くじらの博物館で飼育中の腹
びれをもつメスのバンドウイルカのために、新居となる大水槽が
完成しました。これまでは屋外のプールで飼育されていましたが、新しい水槽では温度も一定に保たれ、ろ過装置も回収されるなどより良い環境
が整えられたということです。またこの水槽には水中トンネルも
設置されているため、お客さんがこれまでよりずっと近くでイルカを見る
ことが出来るそうです。
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[画像撮影場所] 名古屋港水族館