#3 世界最古のオス 4億2500万年、愛 の歴史!!

このところ雑記帳でもお伝えしたとおり、『鉄の足を持った巻き貝』や『90年ぶりの新種のヒゲクジラの発見』 と動物関係のすごいニュースが続出して大変なことになっております。もうこれは伊豆諸島でゴジラが見付かってもびっくり しないなぁ…、とニュースボケしてたところイギリスからこれらに負けず劣らない発見の知らせが入ってきました。

舞台となったのは霧の都ロンドンから東に200kmのところにあるヘレフォードシャーという町で した。この地域には太古の昔海 の底にあって、火山灰が積もって出来た地層があり、これまでもその中から数多くの化石が発掘され考古学上非常に重要な発見がなされてきました。

このヘレフォードシャーで発掘をしていたレイセスター大学のシベター博士らは、この火山灰の地層の中から5mm程度のある甲殻類(エビや貝などの仲間)の 化石を見つけました。そして博士達がそれを持ち帰り、研究機関で詳しく調べたところ、これまでの考古学の研究を大きく前進させる発 見がなされました。

博士達が見つけた節足動物の化石は『オ ストラコーダ(日本語では介形類)』とよばれる現存する生き物の仲間でした。このオストラコーダ、私達にはあまり馴染みがない名前なのです が、実は世界中の海にわんさかとい まして日本近海でも実にポピュラーな生き物です。これまで知られているオストラコーダは絶滅したものも含めると、なんと33,000種類にも達しま す。(地球上にいる全哺乳類の種 類の倍以上!)なんでそんなに身近なのにあまり馴染みがないかというと、原因の一つはその大きさで、先に も述べたとおり数mmから1mm以下のしかないのでほとんど目立たないんですねぇ…。(もちろん水族館で展示されることもありません、展示されても見えないし…。) まあ、そんなちっちゃなオストコラーダですが、この仲間には有名な『ウミホタル』がいます。東京湾 のアクアラインの人工島にも同じ名前が付けられているので御存知の方も多いと思いますが、これも小さな甲殻類でその名が示すとおり夜の海で光ることで有名 な生き 物です。

オストラコーダがどういう形をしているかというと、アサリやシジミのような二枚貝の間に透明のミ ジンコみたいな動物が挟まったような姿をしています。まあ、同じ節足動物にヤドカリがいますが、あれの巻き貝でなくアサリの中に入ったバー ジョンと思ってください。体は小さいのですが、泳ぐための足を持っており藻や死んだ動物の死体にくっつき、それを食べて生活しています。

そのオストラコーダの化石をシベター博士らは研究室に持ち帰って調べたのですが、その調べ方がハイテク満載のまさに21世紀の考古学でし た。どういう調べ方かというと長さ5mmの化石を0.02mm間隔で削っていって、断面を撮影しそれを元にしてコンピュータ上で標本の三次元画像を作るとい うものです。もともとの化石は素人が見てもなんかちょっと変な模様が付いた石にしか見えないのですが、3Dのコンピュータ画像で再現されたこの化石 はまさに現存するオストラコーダそのものでした。

この化石は『シルリア(シルル)紀』 と呼ばれる時代の深さ150〜200mの海の底にあたる地層で、なんと4 億2500万年前のものだということです。(恐竜が生まれる2億年近く前の時代です。)この地層から見付かった化石が現存する種類のオスト コ ラーダが現在のものと非常に近いということは、この種で何億年にもわたる進化の停滞の証拠で あると博士達は語っています。実際、今生きているオストコラーダのDNAを調べたところかつてこの種類が分岐したのは更に古い時代であると いうデータも出ており、その観点からももうすでに4億年以上前には今の形のオストコラーダが現 れたことが裏付けられています。

実際、多くの種類の甲殻類は昔から 形の変わっていないものが多く、進化のスピードが遅いといわれています。そんなこんなで正にオストコラーダが生きた化石であることを示し たこの化石は、さらに古生物学者をビックリさせる特徴を持っていました。それはこの化石の体の真ん中にオスの物である生殖器 とおもわれる突起が見られるということでした。

オストラコーダの外側は硬い甲羅で覆われており、化石にも残りやすいのですが、それに対して殻の中の柔らかい部分はこれまでほとんど化石 に残っていません。これは別にオストラコーダに限ったことでなく、恐竜や他の動物の化石でもいえることなのですが、普通生物の化石は骨など の硬い部分しか残りません。ですがこの化石は火山灰の中、非常に状態が良い形で保存されていたため殻の中の柔らかい部分まで残っており、内臓や各種の器官などオストラコーダの体の構 造を詳しく調べることが出来ました。

そうしたところこの太古のオストラ コーダは現代のものとほとんど構造が変わってなく、エラや肢、触角などがそのまま残されていました。そしてそれに加えて、この化石は現代のオストラコーダの持つオスの生殖器と思 われる器官を持っていることがわかり、さらに他にもオスのオストラコーダの持っている特徴も兼ね備えていたことから、このオストラコーダは 『オスの個体である』 という結論に達しました。

生物には自分の体を分裂させて数を増やしていく『無性生殖』とオスとメスが交 尾をすることで子供を産む『有性 生殖』の大きく分けて二つの繁殖方法を持っています。無性生殖は単に親の遺伝子をコピーしていくだ けのもので、数を増やすのは簡単なのですが進化のスピードが遅く環境の変化に適応しにくいという欠点があります。これに対して二匹の親の遺伝子をミックス させる有性生殖では次々に遺伝子の組み換えが起こり、進化のスピードが速く環境の変化に素早く適応することが出来ます。従って現在高度に発 達して反映している生物のほとんどはオスとメスに分かれて有性生殖を行っています。

今回のオストラコーダの化石はこの有性生殖が4億2500万年前にはすでに行われていたことを決定付けるものでした。そんな彼らに付けられた学名は『Colymbosathon ecplecticos』というもので、この名前は『驚くべき、大きなオスの生殖器を持った遊泳 者』 という意味を持っています。(あまりにそのまんまな名前ですなぁ…。つけられた本人にとってみると複雑な気分かも…。)

他にもこの個体は現在のオストラコーダのえらにあたる部分を持っており、心臓や血管とエラを組み合わせた複雑な循環器 系がすでにこの頃、実現されていたことも示しています。更に死んだ獲物にくっついて食事をするための 『フォーク』と呼ばれる器官も持っており、現在のオストラコーダ同様の食生活を送っていたことがわかりました。

この化石が示す4億2500万年前にオスとメスに別れていたという事実は、生物の持つ『』の歴史の深さをう かがわせます。(自分で書いててもベタな言い回しだと思ふ…。)小さくて地味なオストラコーダですが、今回発 見された彼らの化石はその小さな体に有り余るほどの大切なメッセージを含んでいました。(やっぱりオスだけ、メスだけという社会ではロマン もへったくれもないもんねぇ・・・。)

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