#1 深海の ビックリドッキリ野郎 (鉄のうろこを持った巻き貝について)

先日Yahoo !! Japanのトピックスを見ていたら鉄のうろこを持つ軟体動物発見!!という ニュースが目に飛び込んできました。

その言葉を聞いた瞬間私の頭の中にはメタリックなうろこに体中を覆われたダイオウイカ!!と いう、いまどきB級怪獣映画でも使わなそうな映像が浮かびました。実際良く記事を読んでみると、発見されたのはそんなビックリドッキリ野郎ではなく、鉄と 硫黄の化合物である『硫化鉄』 を大量に含んだうろこを持ったオウムガイに似た軟体動物ということでした。

残念ながらメタリックダイオウでは無かったのですが、Yahooの記事にはその画像等も載せられていなかったので実際にどのようなものか気になり、調べて みたところ色々面白いことがわかりました。

この生物が見つかったのは世界三大海洋の一つ、インド洋の底2440m海底か らだということでした。インド洋といえば、あのシーラカンスが発見されたのもインド洋で あり、なにかと夢のある海域ですなぁ。しかしながら海底といっても砂地の上をカレイのようにのんびりと過ごしていたわけでなく、ちょっと風変わりなところ で発見されました。

その場所というのは『かいれい火道』 と呼ばれる所で、ここでは地下でマグマによって熱せられることによって出来た熱水が岩盤を突き破って外に噴出しています。この熱水は地下の奥深くから出て きているため、硫化水素や水素、メ タン、鉄、銅、亜鉛など多量の化学物質を一緒に海水内に放出しています。そしてこの硫化水素やメタンなどを分解してエネルギーに変えるバク テリアがその周辺には存在しており、更にそのバクテリアを食べることによって生きている生物も存在するという独自の食物連鎖が形成されています。

この熱水噴出孔周辺の食物連鎖は、一 般に見られるような植物の光合成を元とした食物連鎖と違う初めての生態系として、生物の進化上の情報を与えるものとして近年非常に注目を集めています。

そんな熱水噴出孔の話は別の機会にするとして、このうろこ野 郎ですが、彼もこういった環境下で生息しているところを発見されました。写真で見る彼の姿はなんとも説明しづらく、カタツムリの殻を持った巻き貝の体の側面に、 びっしりと開いた松ぼっくりヒダヒダが張り付いたような形をしています。なぬ、全然想像がつかんとな!?ワシの文章力ではこれが限界じゃ、 我慢しちくれい。

それはさて置き、その松ぼっくりのひだのように見えるのが問題の鉄で出来たうろこであり、この うろこの一枚一枚の厚さは0.5mm程度あるのですが、断面を顕微鏡で見てみるとその芯の部分には肉質の巻き貝の足に当たる部分の身が突起状に変化したも のが入っていて、それを包み込むように貝殻質の膜があり、更に外側に何か鉱物で出来た硬い殻が覆っていま す。この外側の殻が問題とする鉄を含んだ部分なのですが、詳しく調べてみると鉄と硫黄の加工物で ある硫化鉄の一種である『黄鉄鉱』 が大量に含まれており、さらに同じ硫化鉄の一種である『グルグ鉱』が少量含まれているため、常磁性という磁石にくっつく性 質を示します。

このなんとも奇妙なうろこを持った巻き貝は、遺伝子的には同じ熱水噴出孔に住む巻き貝と近縁なのですがこちらの方は外見上は普通の巻き貝となっています。 従ってこの巻き貝はごく歴史的に近 い時代に普通の巻き貝から進化し、現存する動物で唯一硫化鉄を含んだ骨格を持った生物となりました。

どうして、この貝だけがこのようなうろこを持つに至ったかはまだ良く分かっていませんが、 このうろこの表面にはバクテリアが生息しており、表面を覆うほど成長しています。ですからもしかしたら海水中からこのバクテリアが鉄や硫黄を取り込 んでうろこ状の形に硫化鉄の形で析出させているのかもしれませんが、証拠はまったくありません。

このうろこがこの貝にとってどのような役に立ってるかについては次のような仮説が立てられています。うろこ貝君(勝手に命名)と同 じ地域に住んでいるイモガイの仲間がすんでおり、この貝は他の貝に向かって毒針を突き刺し、弱らせた後に食べてしまいます。しかしながら、うろこ貝君のまとっているうろこに付いた硫化 物の殻はイモガイの針の長さより分厚く、毒が体に回るのを防ぐのではないかといわれています。

現存する生物の中ではこのうろこ貝君のようなうろこをもったものはいませんが、かつて様々な種類のおかしな生物が山ほど現れたカンブリア期には同じような 形状のうろこをもった生物がいたことが知られています。うろこ貝君のうろこの鎧(ドラ○エ風?)は先程述べたとおり進化的にはつい最近現れたのですが、こ れと同じようにカンブリア期にいた 生物も突然鎧を持った可能性があり、進化の方法に対する新たな考え方を与えるかも知れません。また熱水噴出口のような条件があれば
周りの豊富な硫黄や鉄が用意に利用できることを示しています。

ちなみにこのうろこ貝君が見つかった『かいれい火道』ですが、平成12年8月に日本の海底探査船『かいれい』がインド洋で初めて見つけた熱水噴出体だそう です。日本が見つけたというと、ちょっと嬉しいかもしれません。

よく言われるように、海洋は陸上の倍以上の面積がありながら、まだまだ調査が進んでいない領域です。ですからうろこ貝君のようなビックリするような生物が もっとこれからも見つかるんじゃないかと、生き物好きの私としてはわくわくしてなりません。

[雑 記張目次へ]

[ 補足 ]
Yahoo!!の記事ではこの軟体動物はタコやイカの仲間である頭足類であるといっていたのですが、私が調べたところによるとどうもそうでは無く、巻き貝 の一種らしいです。ここでは一応巻き貝として紹介させていただいたのですが、誰か詳しい方がいらっしゃいましたら教えて下さ〜い。