イリエワニ Saltwater Crocodile
[世界最大のハ虫類]
でかい頭にごつい顎。見るからにおっそろしげな顔をしたイリエワニは、なんと現存する世界最大のハ虫類で正
に『現代の恐竜』と
いった感じです。
そのイリエワニの最大の特徴である体の大きさはオスのほうが大きく、大人になると大きなもの
では全長6〜7mに達します。長さの上ではヘビなどで彼らを上回る種が居ますが、イリエワニの体重は1200kgを超える物も
存在し群を抜いています。普
通5mを超える個体はまれなのですが、これまで公式に確認されているもので最大のイリエワニ
は6.3mであったといわれています。しかし
ながら7m前後に達する個体もたびたび報告されており、実際の最大長はかなりこれより大きそうです。一説には10mを超えるイリエワニが居たという話もあ
りますが、それはいくらなんでも無理があるんじゃないかなぁ…。メスのイリエワニはオスと比べて小さめであ
り、大きなものでも大体2.5〜3mぐらいです。
イリエワニはがっしりとした大
きな顎を持っており、64〜68本の歯が生えています。『吻』と呼ばれる長く伸びた鼻面の上側は深い皺が刻まれており、吻の
中央から眼窩にかけてはイリエワニに特徴的な隆起が見られます。この皺や盛り上がりは年老いた大型のオスで特に目立ちます。体にはハ虫類特
有の鱗が生えて
いますが、他のワニたちと比べてイリエワニの鱗は楕円形に近い形をしています。腹側に生えている鱗は長方形をしており小さめです。イリエワニは鱗甲と呼ば
れる硬くて大きな鱗を持っており、背中と首の後ろに見られます。
大人のイリエワニは黄褐色もしくは灰色をしており、黒味を帯びた縞や斑点を持っています。イリエワニがおなかを向けると明るいクリーム色や白色をしてお
り、背中側に見られた縞や斑点はありません。子供のイリエワニは明るい黄色に島や斑点が入った姿をしているのですが、これが大人の色に変化し始めるには数
年かかります。イリエワニの中には
他の個体と比べて色の濃いものが現れることが知られており、これは体中に含まれるメラニン色素が多いためです。逆にメラ
ニン色素が少ない明るい色をした個体がまれに見られます。
[泳ぎもすごいのよ]
イリエワニはもちろん肉食ですが、獲
物のレパートリーは非常に広く何でも食べます。子供の頃のイリエワニは昆虫や両生類、小魚や小型のトカゲなど小さめの
獲物を狙いますが、成長するにつれ水鳥やカメ、オオトカゲやヘビなど大型の獲物を食べるようになり、スイギュウや家畜、イノシシやサルなども獲物になるこ
とがあります。我々人間が襲われることもあり、毎年犠牲者が出ています。普段獲物をとるとき彼らは水の中で待ち伏せ、獲物が近くを通りかかるといきなり飛
び出してきます。彼らの顎の力は非
常に強く、多くの場合は始めのヒト噛みで獲物を死に至らせてしまいます。その後彼らは水の中に引きずり込んで、獲物を食
べます。イリエワニは獲物をほぼ丸呑みに近い状態で食べますが、一口で食べることが出来ない場合は噛み付いたまま体を上下に回転させ肉を引
きちぎる『ツイ
スト』という食べ方をします。あの巨体がダイナミックに動いて肉を引きちぎる姿は正に迫力満点!!
イリエワニの学名はCrocodylus
porosusと言い、前半のCrocodylusは
ギリシャ語の「krokodeilos」
を元にしており“石目のイモムシ
”という意味でクロコダイル類に属するワニの体を表現したものです。またporosusと
いうのはギリシャ語の「porosis」
とラテン語の「osus」
を組み合わせたもので、「多くのた
こ(海に住んでいる八本脚のやつ
じゃなくてできものの方です)を持
つもの」という意味になっており、でこぼこして皺の多い彼ら名の姿を表しています。でもこんな学名、彼ら自身は嬉しいのかなぁ…。
また彼らの英名は上に示したとおり、Saltwater
Crocodileといい『塩水の
ワニ』という意味で、その名の通り彼らはインドから東南アジア、インドネシア、北オーストラリアやタイヘイヨウの島々な
どの広い範囲の沿岸地域で見ることが出来ます。彼らがこのような非常に大きな生息域をもった
理由の一つにその遊泳能力があり、なんと1000km以上の距
離を泳ぐといわれており、日本やインド洋の島々など通常では考えられないほど生息域から離れた地域でまれに見られたり、体に大きなフジツボが付いているこ
とがあります。イリエワニの体を見ると前足の指の付け根と後ろ足の指全体には及ぶのに有利な水かきがついています。正にハ虫類界の『イアン・ソープ』です。
そんなわけで塩度の高い水に対する耐性を持っている彼らですが、淡水の川や沼にも見られイ
リエワニの異なる生息地間の移動は主に雨季と乾季に行われます。繁
殖は淡水の地域で雨季にあたる11月から3月の間に行われ、大
体イリエワニはオスで16歳、メスで10〜12歳になると性的に成熟し交尾が可能になりま
す。大人のオスは川などの周辺に縄張りを作り、他のオスたちが入ってくると激しく追いやります。メスのワニはその縄張りの中に40〜60個ぐらいの卵を産
み落としますが、少ないときでは20個程度で、多くなるとその数は90個に達します。産み落とされた卵は木や泥で作られ周囲の地面
より盛り上がった大きさ2m程度の巣の上
に置かれ、その後砂をかけて埋められてしまいます。巣の位置が高くなっているのは産卵が行われるのが雨季であるため、川からあふれた水によって卵が水に流
されるのを防ぐためです。
産み落とされた卵を守るのはメスの役目で、ミズオオトカゲやイノシシなどの捕食者によって食べられるのを防ぎます。卵は産卵から90日前後で孵化します
が、地中の巣の温度によってその期間は変化します。また巣の温度はイリエワニの生育に深く関わって
おり、巣の温度が31.6℃付近であれば生まれてくるヒ
ナはオスが多くなり、それより数度でも高かったり、低くなったりするとほとんどがメスになることが分かっています。
卵が孵化する段階になるとヒナは地中で鳴き声をあげ始め、これを聞いた母ワニは巣を掘り返して外に出るのを手助けします。更に母親は口に子ワニをくわえて
水の中に導いていきます。始め、生まれたワニたちは自分の生まれた川の周辺で育つのですが、しばらくするとそこに縄張りを張っている大人のオスによって追
い
出
されてしまいます。この追いやりは
激しいもので多くの場合子ワニが殺されたり食べられたりしてしまいます。更にオオトカゲや別の種類のワニによる捕食もあ
り、性的に成熟するまで成長するワニは1%程度しか居ないといわれています。川
を追いやられてしまった若いワニは海岸地域へと移動し、成長した後縄張りを
持てる別の川を探し回ります。
鳴き声を通してイリエワニの子供は母親に自分が生まれることを知らせますが、このワニはそのほかにも様々な方法で個体間の
意思疎通を図ります。例えば子ワニは苦痛を感じたりすると、短く高い鳴き声を上げて自分が危険な状態にあることを母ワニに知らせます。また
恐怖を感じるとイリエワニはシューというものやコンコンという咳き込むような音を出します。更に求愛のときも鳴き声は重要で、低く長いうなり声を上げて相
手に自分の存在を知らせます。このような様々なコミュニケーションをとるイリエワニはハ虫類全体でもかなり社会的で知
的な種であると考えられています。
[イリエワニと人との関係]
現在イリエワニは北オーストラリアやパプアニューギニアを中心
に全世界で20万〜30万の個体が生息するといわれており、
すぐに絶滅する危険性はほとんど無いと考えられています。しかしながら歴史的には大量にイリエワニが狩猟の対象になって殺されてしまった時
期があり、いくつかの地域では壊滅
的な減少を引き起こしてしまいました。
その理由は彼らの持つ皮膚、すなわちワ
ニ革にありました。ハンドバッグやベルトなどの高級素材として有名なワニ革ですが、イリエワニの腹側のうろこは他の種と比べて小さくて皮を
なめすのが簡単であり、形も適当であることから最も高値を付けられています。こ
の革を巡って、特に1945年〜1970年の間では大規模な狩猟が制限無しに行われてしまいました。その後、これの限度を過ぎた狩猟に歯止めをかけるた
め、オーストラリアを初めとしたイ
リエワニの生息地を持つ国々で狩猟を制限する法律が制定され現在では大きな効果を挙げてワニの生息数の安定に成功しています。またワシントン条約でもワニ
皮の取引を制限する措置がとられており、世界的にイリエワニの保護体制は整ってきています。
オーストラリアやパプアニューギニア、インドなどでは国立公園等で生育数の確保が行われており、イリエワニの数は安定してきていますが、その他の地域では様々な理由により現在でもワ
ニの数の減少が目立ちます。例えばスリランカなどではイリエワニの人食いワニとしての恐怖が人々の間に根深く残っており、害獣駆除的にイリ
エワニが殺されています。またスリランカでは環境開発によるワニの生息地の破壊も深刻化しており、同様の事例はタイなどでも起こっています。この二つの地
域ではほとんどイリエワニは見られなくなっており、1999年のデータでは僅か2件の目撃が報告されたのみの留まっています。南ベトナ
ムにはかつて数千匹のイリエワニが生息していたといわれていますが、現在でもワニ革目当ての密猟が多く、環境破壊も深刻なことから現在では僅か100匹ほどしか残っていません。
従ってイリエワニの生息数を守るには密猟を防ぐための法整備を対策が遅れている国々で出来る限り早く行う必要があるのですが、それに加えて生息地周辺に住む人々に対する彼らの生態に関
する理解を得る必要があります。彼らはどうしても人間を襲うというイメージが強く、そこから大規模な駆除の対象になってしまうのですが、実
際のところこれらの事故は彼らの生息地に不用意に近づいてしまったために起こるケースがほとんどで、人間側が気をつけて接すれば未然に防ぐことが
十分に可能です。ですから地元に住む人々や土地の所有者に対して、彼ら
は無駄に怖がるべきものではないということと生物学的な重要性を説くことによって不必要な殺害や環境開発に歯止めをかけることが重要となっています。
オーストラリアなどではワニ園ではイリエワニを育ててワニ革を取る一方で、ワニの生息数の確保を行っています。このようなワニを生物資源として捕らえ、生息数を確保し
ながら地元産業に活かす『持続可能的利用』の考えは様々な地
域で重要視されており、それをサポートするワニ園や法整備がなされています。例えばオーストラリアのイリエワニの生息地の土地所有者に対し
ては、その土地から集められた卵に対する代金の支払いが行われており、その卵のヒナを育てた後でワニ園に売るというシステムが整備されています。これに
よってワニの生息数を管理した上で地元の人とワニ革産業に携わる人々に経済的な利益をもたらすことが可能になっています。
世界最大のハ虫類であるイリエワニですが、彼らと我々人間がうまく付き合うためには政府
と産業、そして地元の人々の総合的な連携が必要となっています。顔が怖いからってあまり怖がらずに、彼らに会ったらやさし〜い眼差しを送っ
てあげてください。
[画像提供] 株式会社ナレッジリンク様