世界には2種類のラクダの仲間が住んでいますが、その一つがこの
ヒトコブラクダです(もうひと
つは
もちろん
フタコブラクダさ
ん)。ラクダといえば
砂漠と
いうイメージがありますが、そのイメージ通り彼らは
インドから西アジア、北アフリカにかけて
の砂漠
やその周辺の乾燥した地域にひろく分布しています。
もともと彼らは西アジアと東アフリカ原産の動物で、
かなり昔からこの地域の人々には家畜とし
て利用されてきた歴史があります。実際にいつごろ人間がヒトコ
ブラクダを飼い始めたのかはまだよく分かっていませんが、
少なくとも3400年、もしかすると6000年も前から人に飼われていたのではないかといわれて
います。(一方同じラクダの仲間であるフタコブラクダは、4500年前ぐらいにアジアで飼育されるようになったと考えられています。)
古代エジプトなどでは5400年前ごろからラクダの形をした容器などが見つかっていますが、これが家畜化したラクダをモデルにしたものなのか、野生のラク
ダを元にしたものなのかは分かっていません。はっきりと分かっている家畜化されたヒトコブラクダがエジプトにもたらされたのは、2000年前になってのこ
とで、エジプトを占領したアッシリア帝国によってもちこまれました。その後もヒトコブラクダは様々な国々で用いられ、ローマ帝国では砂漠周辺の地域を見回
るのに、ラクダに乗った騎兵からなる部隊を使っていたことが知られています。
砂漠での乾燥に強く、気性もおとなしくて忍耐強い彼らは、砂漠の民によって荷物運びとして用いられ、またその体からは肉やミルク、毛皮、さらには乾かして
燃料とする糞も得られました。これによって彼らは乾燥した地域でとても役立つ動物であるとして世界中で飼われるようになり、
現在1300万頭ものヒトコブラクダが家畜として飼育されています。
そしてそ
の大部分はもともとのすみかに近い西インドから、西アジア、北アフリカにかけての地域に分布しています。
で
すが一方でこのような利用価値の高さから、野生のラクダは狩りの良い獲物となり、
ついにはもともとの生息地であった西アジ
アと東アフリカにいた野生のヒ
トコブラクダは完全に姿を消してしまい、これによって野生のラクダは絶滅し
てしまいました。しかし、そんな中遠く離れた
オーストラリアでは、家畜として持ち込まれたヒトコブラ
クダの一部が逃げ出し、乾燥したオーストラリアの気候に適応して、野生
化したものが大陸中部に50万頭も生息しています。
人間によって野生から姿を消したラクダが、人間によって持ち込まれた新天地で新たに繁栄の場所を見つけ
たというと
は少
し皮肉な結果かもしれません。(実はアメリカ合衆国の南西部でも同様に逃げ出したヒトコブラクダが野生化したものが住んでいましたが、こちらは1905年
頃
までにすべて絶滅してしまっています。)
一方暑い地域の生活に適応したラクダは逆に寒さには弱く、気温の低い地域では飼うことが出来ません。また湿気にも弱く、ジャングルのある熱帯地域など湿度
の
高いところもあまり彼らには向いていないようです。
ラクダは非常に大きくなる動物で、
オスの場合体長2.2〜3.4m、背の高さは1.8〜2mに達し、体重も400〜690kgになります。一方
メスはそ
れよりも一回りぐらい小さく、体重
は360〜540kgぐらいです。ところでこれだけ背の高いと、ヒトコブラクダの背中に人間が乗るのは大変なように思われま
すが、彼らはウマなどと違って足をひざまづ
いて座ることが出来るため、とても簡単に乗ることができます。さらに頑丈な体つきをしているフタコブラクダと比べて、ヒトコブラクダはやや細めの体つきを
していますが、その分動きが速く
、
人を乗せた状態でも時速13〜14.5kmの速さで歩くこと
ができます。
ヒトコブラクダを含めたラクダたちの歩き方は他のホ乳類と異なり、
体の左右の同じ側にある脚を同時に前に踏
み出す「側対歩」と呼ばれる歩き方をします。
ま
た上唇は真ん中の所(人間でいう鼻の下の部分)で分かれており、縦に一本、筋が見られます。また砂やホコリが飛び交う砂漠で困らないように、二列になった
長いまつげを持ち、鼻の穴も自由に閉じることができます。
ヒトコブラクダの一番の特徴といえば、やはりその名の通り
背中に一つある大きなコブで
す。
このコブは主に脂肪からなり、餌の少ない地域に棲む彼らは、食事
が出来ないときこの脂肪を栄養分として長期間生き延びることができます。従ってラクダの栄養状態が良い時はコブも大きくなりますが、食べ物
を食べず長い間
生活していると、段々と小さくなっていきます。このコブは大きいもので15kg、小さいもので3kgの重さがあります。
彼らの棲む砂漠地域は一日の気温の上下が激しく、日中はとても暑くなりますが、逆に夜はそれとは打って変わって急激に気温が下がります。このような環境に
適応するため、ヒトコブラクダはとても長い体毛を持っており、照りつける日光や夜の寒さから身を守っています。またこの毛はのどの部分と背中の部分が特に
長くなっているのが特徴です。
またラクダは
「偶蹄目(ぐうていも
く)」というウシなどのように足に偶数本のひづめをもったグループに含まれる動物ですが、
実は
ラクダの足の先にはひづめ
ではなく脂肪でできた弾力性のある組織のかたまり(パッド)が付いています。恐らく彼らはこのパッドを使うことで、より簡単
に砂の上を歩くことが出来るのだと考えられています。また旧約聖書では人間が食べていいのはひづめの分かれた動物だけであり、ラクダはそうでないことから
食べ
てはいけないとされています。またラクダは前足や後ろ脚、さらには前歯を使って器用に全身をかくことができ、木に体をこすりつけるところも時々観察されて
います。また砂の中で転がりまわったりすることもよく見られます。
ヒトコブラクダの砂漠への適応はその外見だけでなく、体の内部にも及んでいます。その一つがラクダの
体温にあり、
彼らは一日の間に体温を大幅に変化させる
ことができて、34℃から42℃ぐらいまで上げ下げすること
が可能です。これは
暑い日中に周りの気温と体温の差が大きい
と汗を大量にかいて水分が失われるた
め、体温を上げてそれを防ぎ、逆に気温の低い夜には消費するカロリーを抑えるために体温を下げているのだと言われています。(もし我々の体
温がこんなにも急激に変化すると、間違いなくフラフラになってしまいます。)
また血液の中で酸素を運ぶ役目を果たす赤血球は、他の動物の場合丸い形をしているのに対し、ラクダの赤血球はそれとは異なり細長い形をしています。砂漠に
す
むラクダたちにとって、水が飲める機会はとても少なく、長期間水が飲めないでいると体の中の水分がどんどん減少していきます。そうすると血液がドロドロし
た状態になり、血管が詰まりやすくなるのですが、この細長い形をした赤血球であればそういった状態でもより血管の中を流れやすくなっており、安心して酸素
を運ぶことができます。
これらの適応によって
ヒトコブ
ラクダは体重の30%以上の水分を失っても耐えることができ、
これは普通の動物の場合15%の水分がなくなると命にかかわる
ことを考えると驚異的と言わざるを得ません。また一たび水が飲めるところに到着すると、彼らは体に出来るだけ水分を貯えるために、大量の水を飲み干しま
す。
彼らはなんと一度に10分
間で100リッターもの水(お風呂の半分ぐらい)を飲むこと
ができ、ラクダ以外の動物であればこんなにたくさんの水を一度に
飲むとやはり命に危険性があります。
こんなすごい能力を持っているヒトコブラクダ君ですが、
彼らはとてもおとなしい動物で、繁殖期の
オス以外はほとんど暴れたりすることはありません。また知
性も高くて、我慢強く、長い距離を重い荷を背負って黙々と旅をすることができます。エジプトなど砂が多くて自動車が使いにくい地域では、ラクダに乗った警
官が観光客の目を楽しませてくれるところもあります。またよくラクダは見知らぬ人間を見かけると唾を吐きかけてくると言われていますが、実際にはそういう
ことは全くないそうです。
ヒトコブラクダは普段
2〜20匹ぐ
らいから成る群れで生活を行い、
この群れは主に一匹のオスと数匹のメスか
らなり、「ハーレム」と呼ばれます。ハーレム
に
は新しく産まれた子供のラクダも含まれますが、一方でハーレムからあぶれたオスのラクダたちは、オス同士で群れを作ります。暑い時には群れ同士で一か所に
集まって、なるべく外から温度が入ってくるのを防ぎます。またハーレムの群れが移動するとき、リーダーであるオスは後方からメスたちに指示を出し、一列縦
隊
になって砂の中を歩いていきます。
雨季にあたる冬になるとラクダたちは繁殖期に入り、
オスのラクダは頬の横にある肉質のひだを
膨らませて、赤い袋を作り、これを顔の両側に垂らしてメスを
魅
了します。時にはオス同士の間でメスをめぐる戦いが行われ、低い声を出したり、背伸びをしたり、頭を上下させるなどして互いを威嚇したり、
相手の足に噛み
ついて地面に倒そうとしたり、頭に噛みついたりもします。
交尾後メスは
12〜14か月の妊娠期間を経て通常1匹の子供を産みますが、
まれに双子が生まれることもあります。産まれてくる子供の体重は平均で37kg
ぐらいで、その日のうちには一人で立って歩けるようになります。子供のラクダは主に母親のミルクによって育てられ、この時期子供たちは急激に大きくなり、
一日に190〜310gも体重が増えていきます。こうし
てお母さんラクダは
1〜2年ぐらい子育てを行います。
その後
ラクダたちはメスの場合
で3歳ぐらい、オスの場合でも4〜5歳ぐらいで完全に大人になり、繁殖も出来るようになります。
ラクダは比較的長生きする動
物で、
野生でも40歳ぐらいまで生き、最も長生きするものでは50歳に達します。
ラクダは草食動物であるため、植物を食べて生きているのですが、
彼らは普通の草食動物と違いとげの多い植
物や、乾燥した草、そして海岸などの近くに生え、
塩分を多く含んだハマアカザなどの「塩生植物」という草を主
に食べています。しかしながら餌の少ない砂漠では必ずしもこれらの草が十分にあるわけではな
く、そういう場合彼らは植物であれば何でも食べることが出来ます。彼らは一日の半分にあたる8〜12時間を餌探しにあてて生活し、またウシと同じように食
べた物を一度いから吐き戻して、口の中で再度噛み砕いてから呑みこむ
「反すう」という行動も行いま
す。
とげの多い植物を食べるラクダの唇はとても丈夫で、これを使って枝を折ったり、枝から葉っぱをしごきとったりします。彼らは食事をするとき一つの植物を全
て食べるということはあまりせず、せいぜい数本の枝から葉をちぎり取るのがほとんどです。実はこのような食べ方は植物に与えるストレスを減らし、それに
よってその場所の食べ物が無くなってしまうのを防いでいます。また彼らは噛む回数がとても多い動物で、
一口食べるのに40〜50回も餌を噛みますが、これ
によってより栄養を効率的に吸収することが出来ます(我々も見習わないといけませんねぇ)。
体に大量の水を持つヒトコブラクダは、それによる塩分濃度の低下を防ぐために大量の塩を必要とします。このため彼らは先に述べた塩分を多量に含んでいる塩
生植物を多く食べる必要があり、その量は全体の食事量の3分の1を占めています。またごくまれにですが、彼らは植物以外にも死んだ動物の乾燥した死体など
も食べることがあるそうです。
日本に初めて
ラクダが来たのは飛鳥時代のことで、当時の推古天皇への献上物として西暦599年に朝鮮(当時の百済)からもたらされたのが最初だと言われ
ています。しかしながらこのラクダがヒトコブラクダかフタコブラクダなのかはよく分からず、もしかすると生息地が日本に近いフタコブラクダだったのかもし
れません。その他にも飛鳥時代に何度かラクダは貢物としてもたらされましたが、その後はなぜかぷっつりと日本にやって来るラクダはいなくなり、
ようやく江戸時代になって1821年にオスとメスのヒトコブラクダがオランダ人によって持ち込まれました。また
文政七年(1824年)には江戸にも雌雄それぞれ一匹ずつのラクダが持ち込まれ、たいそう評判に
なったそうです。この時の夫婦のラクダはとても仲が良かったみたいで、いつも一緒に居たことから、それを見た人々は中の良い恋人や夫婦を見
ると
「ラクダみたいだ」と
言い表したそうです。
当時の人々の間ではラクダを見ると幸せになるという評判があり、連日多くの人がラクダを一目見ようと訪れたと言われています。またラクダの尿は万病に効く
とされ、乾燥させ粉末にしたものはノミやシラミの駆除に用いられましたが、本当に効果があったのかどうかはわかりません。またラクダのいるところには雷が
落ちないとされ、ラクダを描いた絵が雷よけに売られたりもしたそうです。
執筆:2008年2月2日
[画像撮影場所]
東山動植物園
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東武動物公園
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