北アメリカ大陸に広がる世界有数の大平原、「グレートプレーン」には
プレーリードッグという
名のリスの仲間が棲んでいます。その中で最も数が多く、人々になじみ深いのがこの
オグロプレーリードッグで、見
た目の可愛さも相まって、
プ
レーリードッグ
界の代表的存在となっています。
彼らはリスの仲間といっても、普通我々がイメージするリスのように木の上に棲んでいるわけではなく、
地面に巣となるトンネルを掘って、その中で家族みんなで
生活しています。オグロプレーリードッグの家族は主に一夫多妻制で、
一匹のオスと数匹のメス、それとその間に
生まれた子供たちから構成されます。さらに家
族同士が寄り集まって
「コテリー」と
いう名の共同体を形成し、巣を共有して生活しています。
彼らの巣はいくつかのトンネルが合わさって出来ており、その中には
数百匹ものオグロプレーリー
ドッグが棲んでいることから、まるで一つの町のようだという
ことで、現地では「タウン」と呼ばれています。それぞれの
トンネルの大きさは長さ5〜10m、深さ2〜3mぐらいなのですが、まれに
長さ30m以上、深さ
5mにもなるものもあり、あんな小さな体でよく掘ることが出来るなあと感心させられます。
タウン全体では
このよううな巣
が70個程度集まり、全体では3000平方メートルもの広さ
があります。これだけでも十分驚くに値するのですが、かつてアメリ
カ南部にあるテキサス州では、面積にするとなんと
65000平方キロメートルにも及ぶ巨大なタウンが見つかっており、そ
の中には4億匹に上るオグロプレー
リードッグが棲んでいたといわれていますが、ここまでくるともはや私の頭では全く想像がつきません。
巣のトンネル
の入り口は直径10〜30cmぐらいですが、中に入るとすぐに狭くなり、大型の肉食動物は中に入れなくなっています。また入口には以下の3
つ
のタイプがあることが知られています。まず一つ目として最も目立つ直径1〜1.5m、高さ1mの
火山のようなすそ広がりをした形のものが
挙げられます。ま
たそれとは異なり、直径2〜3m、高さ30cm以下の
丸っこい形をした「ドーム」と呼ばれるタイプの
入口も存在します。この2つは主にその上に上って周り
を見わたすために用いられ、それにより常に外敵がいないかを監視することが出来ます。また入口の周りを盛り上げることで、雨水が巣の中に入ってくるのも防
いでいます。その他夜間に行動したり、子育てを行うときもこのタイプの入口を使う
ことが多いようです。
一方それらとは異なり、地面からは全く盛り上がらず、
ただ穴をあけただけの入口も存
在し、特に巣の外周部に多く見られます。これはどうやら非常用の入り口
として使われているようで、捕食者が近づくと大慌てでここに逃げ込んだり、また日中暑くなりすぎるとここに入ることがあるようです。
オグロプレーリードッグの巣穴は彼ら以外のどうぶつにも重要で、バッファローなどは彼らの盛った土で土浴びを行い、ウサギの中には外敵から身を守るために
彼らの巣の中
に隠れるものがいるそうです。
オグロプレーリードッグたちはほとんどが北アメリカの平地の中でも
標高1300〜2000mの、乾燥した地
域に見られます。彼らの生息域は南はテキサス州
から北はアメリカ合衆国とカナダとの国境付近まで、非常に広い緯度の範囲にわたって分布しています。
オグロプレー
リードッグの食べ物のほとんどが草で、ウィートグラスやヤ
ギュウシバと呼ばれる草など様々な種類の植物の葉や根っこを食べています。彼らは主
に昼間食事を行い、リスの仲
間らしく前足が器用で、左の写真のように餌をつかんで食べます。彼らは自ら積極的に他の動物を狩ることはありませんが、草を食べるときに一緒に昆虫
やイモ虫、甲虫などの虫を食べ、これらをタンパク源としています。また乾燥した地域に棲んでいる彼らは
液体の水を飲むことはほとんどなく、食べ
物である植
物に含まれている水や、葉の周りについている水滴などから生活に必要な水分を得ています。
警戒心の強いオグロプレーリードッグたちはあまり巣から離れた所まで餌を探しに行くことはなく、たいていは入口周辺に生えているものを食べています。この
ため
彼らの巣のあるとこ
ろでは、草が狩り込まれていて明らかに周辺の地域よりも生えている長さが短くなっています。一説には彼らは食事するとき以外にも巣の周りの
草を刈ることが
あるといわれており、
これに
よって良好な視界を得て外敵の接近をいち早く知ることが出来るようになると言われています。従って巣の周りの草が彼らの身長より高くなる
ことはほとんどありません。また詳しいメカニズムはよく分かっていないのですが、なぜかオグロプレーリードッグの巣の周りには、他の地域ではまれにしか見
ることのできない植物が、豊富に育つことがあり、彼らの存在が周辺の植物の生育環境に大きな影響を与えているとも言われています。
草原の見た目を変えるぐらい草を食べる彼らですが、逆に小さくて数が多い彼ら自身も様々な動物たちの餌となります。オグロプレーリードッグの主な天敵には
コヨーテやアメリカアナグマ、クロアシイタチ、リンクスなどのホ乳類の他、パインヘビやガラガラヘビといったヘビ類、またイヌワシやソウゲンハヤブサを初
めとする猛禽類などがあります。
こ
れらの外敵に備えるため、巣ののメンバーたちは常に周辺に注意をくばり、みんなが代わる代わる見張りとなります。そして
敵である動物を見つけるとそのオグロプレーリードッグは
「キャンキャン」というイヌに似た鳴き声を上げ、それを聞くと仲間のプレーリードッグたちは
あっと
いう間に巣穴の中へと逃げ込みます。ちなみにこの警戒音である鳴き声が犬に似ていることから
リ
スの仲間であるにもかかわらず「平原のイヌ」という意味の「プレーリードッグ」という名が付
けられたそうです。
オグロプレーリードッグは警戒音以外にも様々な鳴き声で互いにコミュニケーションを行っており、その鳴き声の種類は
12個にもおよぶといわれてい
ます。中
にはジャンプしながら体を伸ばし、さらに空に向かって前足を伸ばしながら出す、
「ジャンプイップ」と呼ばれる
甲高い鳴き声がありまる。一匹がこの鳴き声を出す
と、周りにいるもの同じように鳴き始め、群れ全体にどんどん伝染していくことで、ちょっとした騒ぎにもなるそうです。また鳴き声の他にも、毛づくろいや互
いの鼻先を合わせた
り、臭いを嗅いだりするなど様々な方法でコミュニケーションをとっていることがわかっています。
オグロプレーリードッグの体の大きさは
全長35〜42cmぐらいで、
オスのほうがメスよりも
大きくなり、オスの体重は850〜1700gぐらいなのに対
し、メスは700〜1000g程度です。体の
色は全身が褐色をしていますが、お腹の方が背中よりも白っぽ
くなっています。また他のプレーリードッグと違い、その名の通り長さ7.5〜10cmの
尻尾の先が黒くなっているの
がオグロプレーリードッグの特徴です。
彼らは年に2回毛皮が生え換わり、冬よりも夏の方が毛色が濃くなります。また体重も季節によって変化し、餌の多い秋には体が最も重くなりますが、逆に冬に
なると軽くなります。ところで他のプレーリードッグたちは冬になると冬眠して巣の外に出てこなくなるのですが、オグロプレーリードッグだけは例外で、冬に
も外に出て活発に動き回ります。
オグロプレー
リードッグの繁殖期は毎年1〜4月にかけてで、
家族を率いるオスとその中にいるメスたちとの間で交配が行われます。正確な繁殖期は棲んでいる
場所によって異なり、低い緯度に棲んでいるものから順に繁殖期を迎えていきます。まれに一つの家族の中に2匹以上
のオスが含まれることがありますが、これらのオスは互いに兄弟であることが多く、それぞれ同じ家族の中のメスと交尾をすることができます。一方で他のオス
が群れに侵入しようとすると、すでに群れに居るオスはそれを激しく拒みます。また同じ群れの中にいるメス同士もほとんどが近縁のものからなっており、外か
ら新たなメスが入ってこようとすると攻撃的になります。
発情期に入るとオスとメスは一緒に行動することが多くなり、同じ巣穴に出入りしたり、互いに触れ合ったり、繁殖期特有の鳴き声を上げたりします。またオス
は出
産用の巣の材料である材料を巣穴に運びこみ、メスの出産に備えます。
オグロプレーリードッグの
妊娠期間は33〜38日で、この時期になるとメスの体に
は8つの乳房が目に付くようになります。一度の出産で産まれてくる
子供の
数は1〜8匹で、平均3匹ぐらいだといわれています。
産まれたばかりの子供はまだ眼が開いてお
らず、毛も生えていなくて、全長が7cm、体重は15gしか
ありません。このようにこの時期のオグロプレーリードッグの子供は大変弱々しいため、巣の中で37〜51日ほど母乳を与えて育てられます。
またこの時メスのプレーリードッグは特に他のメスに対して攻撃的になり、時には他のメスの巣穴に入ってそこにいる子供を殺してしまうこともあります。
こうして子供たちが十分に大きくなると、家族は一緒に巣からでてくるようになりますが、このころになるとメス同士の争いが行われることはなく、
子供は自分
の母親だけでなく他の母親からも母乳を与えられます。それどころか
母親以外のメスの後について巣穴に入って
行くこともあり、一説にはいったん巣穴から外に
出ると、母親はどの子供が自分の子であるのか見分けがつかなくなるのかもしれないともいわれています。
そんなこんなで巣から出るとすぐに子供たちは草を食べるようになり、一年ほどで体の大きさは大人のものに近くなります。そし後
メスのオグロプレーリードッ
グは一生自分の産まれた群れの中で生きていきますが、オスは自分がリーダーとなる他の群れを求めて巣を後にします。そして
オスメスともに生後1〜3年で繁
殖を行うようになります。また大人になってからもオスは毎年異なる群れの間を渡り歩き、これによって近親交配を避けているといわれていま
す。
一般に
オグロプレーリードッグ
はメスのほうがオスよりも長生きし、メスの寿命は最大8年で、
オスは5年ほどです。しかし子供の頃の彼らの
生存率は非常に低く、およ
そ半分のオグロプレーリードッグが一歳になる前に、何らかの原因で死んでしまします。
かつてオグロプレーリードッグ達は今よりもずっと広い、南はメキシコから北はカナダ、また東はネブラスカ州から西はモンタナ州までの地域に分布していまし
た。しかしその後アメリカ国内で農業が盛んになると、農作物を荒らす彼らは目の敵にされるようになり、また巣穴に足を突っ込んだウシやウマなどの家畜が骨
折したり、彼らがペストのもととなる病原菌を運ぶ恐れがあるということから、
大規模な駆除が各地で行われ始めます。
長いトンネルの中に棲む彼らの駆除には主に
毒物や
毒ガスなどが使われました。ま
た生きたまま駆除するために長いホースの付いた掃除機のような機器も開発さ
れ、それを巣穴に突っ込んで吸い出したりされていたそうですが、それでもそのときに手足を失ったり、死亡するものがかなりいたようです。これらの駆除活動
によって、
かつて北アメリカ全
土で40億匹もいたといわれている彼らの数は、98%も減少し、現在は各地の保護区に生き残るだけとなってしまいまし
た。またせまい巣穴で密集して暮らす彼らは伝染病に弱く、2006年だけでも8つのコテリーが伝染病によって全滅してしまったと報告されて
います。
その後食べる草を争うオグロプレーリードッグ達が姿を消した平原で、農民たちは自分たちの家畜を思う存分育てることが出来ると思われたのですが、逆に
彼ら
のいなくなった地域では草原が荒れていき、場合によっては砂漠化が
進行してしまう結果となってしまいます。実はオグロプレーリードッグは巣を掘ることで土
を耕し、また彼らの糞や尿が植物の成長に欠かせない栄養源となっていたことから、彼らによって草原の植物の成長が大いに助けられていました。更に彼らが草
を刈り取った後には栄養価の高い草が生えてくるため、これまではそれをもとにし
てバイソンなどの大型の草食動物が食べ物を得ることが出来ていたといわれています。しかし、その彼らが姿を消したことでアメリカの平原にある草原はその存
在を維持でき
なくなってしまったというわけなのです。
またオグロプレーリードッグの減少は他の動物たちにも大きな影響を与えるようになります。その一例として
プレーリードッグだけを食べて生活してい
たクロアシイタ
チというイタチの仲間の数が激減し、野生ではほぼ絶滅してしまうという事態にまで発展しました。その他にもオグロプレーリー
ドッグの造る巣穴は、他の動物
たちの仮の寝どこにもなるため、それがなくなることで特に小動物たちは外敵から身を守りにくくなってしまったとされています。
このため彼らを駆除することは逆に家畜を育てる上で不利になり、他の動植物に対する影響が非常に大きく、また彼らの巣穴に足を入れて家畜が足の骨を折ると
いう事例は一般に言われているよりもずっと少ないということも明らかにされたことから、現在ではオグロプレーリードッグに対する接し方は全面的に見直され
る方向に進んでいます。またかつてはペットとして人気の高かった彼らですが、伝染病の危険性などもあることから、2003年以降は完全にペット用に新たに
捕獲することや商取引は禁じられています。
これにより1961年には1470平方キロメートルしか残っていないとされていたオグロプレーリードッグの生息地は、
現在7700平方キロメートルにまで
回復し、順調にその数も増えてきているそうです。北アメリカの自然界において様々な動植物の生活の基礎となっている彼らが再生しつつあると
いうことは、ク
ロアシイタチなど他の絶滅の危機にある生き物のためにも非常に重要な意味を持っているといえます。
[補足]
オグロプレーリードッグの減少とともに野生から姿を消してしまったクロアシイタチですが、現在は最後に野生で捕獲された18頭の個体から再繁殖が行われ、
徐々にではありますがその数は回復傾向にあり、再野生化のプロジェクトも国家ぐるみで行われているそうです。
執筆:2008年3月23日
[画像撮影場所] 恩賜上野動物園
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