ブラウントラウトは川や湖に見
られるマスの一種で、釣りの好きな方々であればお馴染みのお魚
です。彼らは日本全国の河川で見ることができるのですが、それを聞くと「なぜ日本のお魚に英語の名前が付いているの?」と疑問に思う方がいるかもしれませ
んが、実は
彼らが日本で見られ
るようになったのはつい最近の話なのです。
ブラウントラ
ウトはもともとヨーロッパやインドなどのアジア諸国などのユーラシア大陸原産のお魚で
す。したがって本来日本には棲んでいなかったのですが、
マスは釣りをするときに非常に人気の高い魚であるため、
海外から各地の川に明治の初めごろ、カワ
マスの卵が輸入され、それにまぎれてブラウントラウトの卵が運ばれ、そのまま棲みつい
てしまったといわれています。同じよう
なことは南北アメリカやオーストラリアなどでも行われ、現在では
ほぼ世界中で彼らの姿を見ることができるよ
うにまでなっています。
またブラウントラウトの中には川や湖などの淡水でなく、
海の中に棲んで、季節によって各地の海を
回遊するタイプもいることが知られています。このよ
うな海洋性のブラウントラウトは特に
「シー
トラウト」と呼ばれています。シートラウトはかなり長い距離を移動すると考えられ、
原産地であるヨーロッパでは
北極海周辺にまで移動し、産卵の時だけ生まれ故郷である川に戻ってきます。
一方淡水性のブラウントラウトは一生を淡水の中で過ごして海に出ることはありません。しかし必ずしも同じところでずっと生活をするのかというとそうでもな
く、普段は湖に棲んでいても、産卵になると流れのある川に移動するものなどが知られています。ですが周りと隔絶された湖などに棲むものは、それとは対照的
に同じ場所で暮らし、産卵行い、一生を終えます。同じ種なのにここまで生活スタイルに幅があるのは、動物界全体でも珍しいのではないでしょうか?
また彼らは他のマスと比べてやや高い水温(摂氏16〜18度)を好むと言われています。そして主に
木々の枝の下や水中の木や岩の下など、身
を隠すことので
きる場所だと安心するようで、このようなところに多く見られます。
ブラウントラウトはマスの中では中程度の大きさの魚で、普通
体長が30〜40cmぐらいに
なります。しかし地域によって体の大きさにはかなりばらつきがあ
り、
小さな河川などに棲むもの
は体重1kg程度ですが、
最大級のものだと体長90cm以上、体重も20kg以上になるとも言われています。ちなみに
国際釣
り連盟という協会が公認している、これまでで最大のブラウントラウトは、1992年にアラスカで釣りあげられた
体重が18.25kgあった個体であるとい
うことです。
ブラウントラウトの体色はやや緑がかった茶色をしており、お腹の方にいくにつれて白くなっています。また体の側面には
濃い色の斑点があり、その周りが明る
い色の輪っかで覆われているのが特徴です。
彼らの主な食
べ物はカゲロウやトビケラなどの水辺に棲む昆虫や、川底にいる幼虫、さなぎなどです。しかし
大型のものになると小型のブラウントラウ
トをも襲うよう
になり、一説には大型のブラウントラウトの食べ物の80%は小型のマスが占めていると言われています。従って小型のブラウントラウトが大型
のものの上流で
生活することはほとんどありません。またこの他に大型の個体の餌として、大型の昆虫類や甲殻類、巻貝、イモリなどの両生類が含まれます。
彼らが一番活動的になるのは早朝と夕方の時間で、日中は主に隠れ家の中でじっとしています。しかし大型のものになると夜間でも活発に動き回り、積極的に餌
を探しまわります。
ブラウントラウトは数年にわたって生きることのできるマスであり、
大体3〜4歳ぐらいで大人になります。
そして
10〜12月頃になると
産卵地である川や湖
の岸辺に移動して産卵を行います。産卵場所には深さ30cmぐらいで、流れの緩やかな、砂利や砂地のところが選ばれます。産卵場所が決まる
と、メスは身体
を使って地面にくぼみを作り、そこに卵を産み落として、さらにオスがすかさずそれに精子をかけ受精させます。この作業はメスが全ての卵を産みきるまで行
われますが、
大体メスの体重1kgあたり2000個の卵が産み落とされると言う
ことです。
そしてその後メスは自らが産んだ卵に砂をかぶせ外敵に食べられるのを防ぎます。卵はそのまま成長し、
次の年の春ごろになるとふ化します。
他のサケやマスと
同様に、
産卵を終えたブラウン
トラウト達の大部分は死んでしまい、特にメスの場合産卵後も生きることができるのは全体の20%以下であるといわれていま
す。一方
で海洋性のシートラウ
トは一般的に淡水性のものより寿命が長く、体も大きくなる傾向があります。
産卵後も生き残ったブラウントラウト達は次の年も産卵を行うことができますが、必ずしも前年と同じ相手と行うことはありません。また大型のブラウントラウ
トが小型のものの作った巣を無理やり強奪することもあります。そして産卵が終わったブラントラウト達は冬を越えるために下流の方へと移動していきます。
また彼らは
カワマスやイワナな
どと交配出来ることがわかっています(特にカワマスとはかなり近縁で、しばしば交配が行われ、そ
の子供は
「タイガートラウト」と
呼ばれています。)。しかしこのような異種間の交配で生まれたマスには生殖能力はなく、一代限りで終わってしまうと考えられています。
ブラウントラウトは主に昆虫を食べるため、この性質を利用して、釣りの時は
フライフィッシングなどの方法
で釣りあげられます。
彼らの肉
は大変おいしく、
ヨーロッパなどでも生やスモークサーモン、焼き魚など数多くの調理方法で楽しまれています。また大型の個体は非常に力が強く、釣り上げる時
エキサイティ
ングであることから、釣り人たちに高い人気を誇っています。また原産地であるヨーロッパではおなじみの魚で、あの
シューベルトが作曲した「鱒」という曲もこのブラントラ
ウトをもとにしたといわれています。
食用として重要なブラウントラウトは各地で養殖もおこなわれています。また受精したばかりの卵の周りの温度を急激に上げたり、圧力をかけたりすると変化が
生じ、体の中に含まれる遺伝子が通常のものより多い
「3倍体」と呼ばれるブラウン
トラウトが産まれてきます。この
3
倍体のブラウントラウトは通常のものよ
り早く成長し、体もずっと大きくなるため、養殖をする人にとっては大変重宝されています。
ところで」上にも述べたとおり、
ブ
ラウントラウトは人間の手によって世界中に広められており、また適応力の強い彼らは各地の河川でそのまま繁殖しています。従ってブラウント
ラウトの生息数はかなり多く、絶滅の心配はほとんどないとされています。しかし、いくつかの
内陸にある湖など外界から遮断された地域に、別の場所で捕まえられた個体を放すことで、もともと棲んでいたグループと交配が起こり、純粋なその地域原
産のマスがどんどん減少していると言われています。またこのような地域では水質汚染などによる影響が強く表れることから地域的な絶滅も心配されています。
一方
ブラウントラウトが放流さ
れた各地の河川では、もともとそこにいたマス達や他の魚との競合が問題となっています。ブラウントラウトは非常に生存力の強いマスで
あるため、
他のマスの餌を奪い
取ったり、また大型のものになると他の魚そのものを食べるようになるため、各地の生態系に深刻な影響を与えているといわれて
います。実際オーストラリアではもちこまれたブラウントラウトによる現地の魚への影響が顕著であると報告されており、日本でも東北や北海道などの川や湖で
イワナやアメ
マス、イトヨなどの魚やその餌をブラウントラウトが食べ、原生の魚達よりも彼らの数の方が多くなってしまっている地域もあるそうです。
こういったブラウントラウトの急激な広がり方の裏には
釣り人による各地の河川への放流が
あると言われています。釣りで人気のある彼らを自分の身近な川でも
釣ることができるように、
安易
にそれまでブラウントラウトがいなかった川へ持ち込むケースが数多く報告されていますが、これによってそれまで大事にされて
きた本来の生態系が大きなダメージを受ける可能性があります。従って釣りをする上でのマナーの一つとして、ブラウントラウトを初めとする外
来種の魚を勝手
に放流するのは何としても回避する必要があるでしょう。
執筆:2008年1月10日
[画像撮影場所] 鴨川シーワールド
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