遙かな昔、世界中の船乗りを恐れさせた伝説の怪物さながら、とがった鼻先と巨大な口、そしてなんといってもその巨体で見た物の目を圧倒する
ウバザメは正に
現代の海の怪物といえる
存在です。
ウバザメは生息域が非常に広く、
寒
帯から温帯までの水域の、世界中の海で見られます。そんな彼らは普段沿岸から遠く離れた外洋に棲み、
水面近くを泳いで餌となるプランクトンを食べて
い生活しています。そして夏の餌が豊富な間は彼らは北の海で過ごし、冬になると何千キロも泳いで南の方に南下してきます。また冬は水面近く
よりも海の深い場
所の方がプランクトンが豊富なためか、この時期になると彼らは
最高で水深900mもの深海に潜ってしまい、その姿を見ることはまれになりま
す。
通常ウバザメの
体の大きさは6mぐ
らいで
体重は3.
9t程度ですが、一部の物は
8〜10m以上にまで成長しま
す。これまで知られている確かな記録の中で
最大の物は全長が12.27mもあり、この個体は1851年にカナ
ダ沿岸で誤っ
てタラの網に絡まっているところを発見されました。そしてその体重は
19tに達したのではないかと
見積もられています。他にもノルウェーなどでは何例かこれよりも大きなウバザメが見つかったという報告があり、最大のものは15mに達したといわれていま
すが、あまり信憑性は高くないようです。こ
の大きさは魚の仲間では
ジンベ
イザメに次いで大きく、どうどうと
全魚類中第2位の座を誇ってい
ます。ちなみに日本近海で見つかったものでは瀬戸内海や茨城県沖で見つかった9mの個体が最大であるといわれています。
その大きさを抜きにして、さらに口を閉じているときの彼らをみると、
ホオジロザメやメジロザメに似た、一般に我々がサメと聞いて思い浮かべ
るのに近いプロポーショ
ンをしています。ですが彼らを横から見ると、
他のサメと比べてウバザメのエラは体に対
して非常に大きく、背中側から腹側までほとんどぱっくりと割れています。
彼らの体の色は灰色がかった褐色から黒に近い色をしており、しばしば明るい色の斑点が見られます。体の下の方は他の魚と同じように背中側と比べて明るい色
をしていて、白っぽくなっています。また彼らの皮膚は典型的なサメ肌で、小さな突起が並んだ非常に粗いものとなっています。ただこの突起は生え方に方向性
があ
り、頭からしっぽの方になでるときはそれほど抵抗は感じないのですが、反対の方向だとかなりザラザラしているそうです。
このサメのウバザメという名は漢字で書くと
『姥鮫』となり、
老婆のようなサメという意
味を持っています。この名前の由来はよく分かっていませんが、一説に
は
その大きなえらが老婆の深い
しわに似ているからだとされています。また彼らの性格は大変のんびりしていて、人間が近づいても逃げようとせず、船の上から
モリなどを使って簡単に仕留められることから
『バカザメ』とも呼ばれている
そうですが、
あまりに可哀想な
ネーミングのような気がします。一方彼らの英語名
は
『Basking
Shark』といいますが、これは
日光浴をするサメという意
味で、
水面近くを漂うようにし
て泳ぐ彼らの姿がまるで日光浴をしているように見えるところから
名付けられたといわれています。
あれだけ巨大なサメであればジョーズも真っ青なぐらい凶暴なんじゃないかと思ってしまいますが、
ウバザメはプランクトンや小型の魚やエビ
などしか食べない
大変おとなしい性質をしています。このため口には一般のサメのような鋭く大きな歯はありません。その代わり彼らのエラの内側には
鰓耙(さいは)と呼ばれる
粘液で覆われた樹状の突起がびっしりと並んでおり、
膨大な量の水と共に獲物を飲み込み、この
鰓耙で餌となる動物だけをこし取って食べてます。
この時には彼らの大きな口とエラが役立ち、中でも
その口は全開にすると胴体の太さよりも大
きく開くことが可能で、なんと1時間に2000リットルに及
ぶ海水を濾過するこ
とが出来るといわれています。
また彼らは目はそれほど悪くないのですが、それよりも嗅覚が格段に発達しており、餌のプランクトンを探すときも主にその臭いを手がかりにしていると考えら
れています。
ところで同じようにプランクトン
を食べ手生活するサメといえば
ジ
ンベイザメや
メガマウスが有名ですが、この2種とウバザメとの間には若干の違いが見
られます。というのも
ジンベイ
ザメと
メガマウスは人が水を飲み込むように自分の力で海水を吸い込むことが出
来るのに対し、ウバザメは口を開けながら泳いで
自然に入ってくる水をエラを通して排出することしかできません。(性格がのんびりすぎて、そんなに餌を必死で取らなくてもいいじゃんと思ってるのかも?)
大海原を何千キロも泳ぐ割りには、
ウバザメの遊泳速度は非常に遅く普段は時速3.6kmぐらい(人がゆっくりと歩くぐらいのスピード)、最高でも時速6.
4kmほどしかありません。漁師さん
の間などでは、彼らはクジラやホオジロザメのように水面から全身が飛び出すほどすごいジャンプをするという目撃談もあるそうですが、この泳ぎの遅さからす
ると到底不可能なんじゃないかというのが定説のようです。またごくまれに、水面近くをおなかの方を上にして上下逆さまに泳ぐこともあるそうですが、
「もう
あなたはどこまでのんびり屋なの!」という感じです。
ウバザメはしばしば
同じ性別の
個体同士からなる小さな群れを作ることがあり、3〜4匹からなるグループが形成されます。しかし中には
100匹を超え
る群れを見たという目撃談もあります。1匹でもあのインパクトの彼らが、100匹も集まればそれはそれはとてつもない眺めになると思うので
すが、私には全く想像がつきません。
ウバザメの繁殖携帯についてはまだ未知の部分が多く、詳しいことはよく分かっていませんが、
恐らく夏の初めに交尾を行い、2〜3年の
長い妊娠期間を経た
後、夏の終わりに出産を行うと考えられています。そして毎年夏になると彼らは交尾のために沿岸地域に姿を現します。
ウバザメは
卵胎生と
呼ばれる出産形態を持ち、
子供
のウバザメは母親の胎内で卵から孵化して、さらに母親の子宮の中にある未受精卵を食べて成長したあと、外の
世界に産み落とされます。彼らの出産場所はよく分かっていませんが、恐らく浅瀬に近いところで行われるのではないかと考えられています。こ
の時点で彼らの体の大きさは
1.
5〜2mもあり、見た目には大人と変わらない姿で産まれてきます。一度に産まれてくる子供の数はよく分かっていませんが、かつて唯一妊娠し
た状態で捕
獲されたメスの体内には
6匹の子ザ
メがいたそうです。
ウバザメの繁殖可能年齢はかなり遅いと考えられており、
6〜13歳になって、体が4.6〜6mぐらいに成長してようやく繁殖を
行うようになるといわれてい
ます。そして彼らの寿命も現在のところよく分かっていないのですが、
大体40年ぐらいなのではない
かといわれています。
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謎のニューネッシー
の写真
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その巨体ゆえ、ウバザメの天敵となる物は自然界には存在しませんが、
シャチやイタチザメなどがウバザメを捕食することが知られていま
す。また体の表面にヤ
ツメウナギなどが寄生して、表面付近の肉を食べるともいわれています。
ですがウバザメにとって最も脅威なのはこれらの動物ではなく、なんといっても我々人間であると考えられます。彼らの肉は古くから食用や家畜の肥料に用いら
れてお
り、皮は革製品に加工され、また巨大な肝臓からは大量の油が採取されていました。1940年代からはアイルランドなどでウバザメ漁が本格化し、30年ほど
の間に
1万頭以上も
のウバザメが捕獲されたといわれています。また彼らは網に絡まって、その網を壊すことから沿岸の漁業関係者には嫌われており、さらに近
年では高級食材である
フカヒレ目
当ての漁が大規模に行われていたこともあり、それによって
世界のウバザメの生息数は大幅に減少して
しまいました。
これを受け現在彼らは
世界自然保護連合(IUCN)によって保護動物の指定を受けており、多
くの国々でウバザメの漁は法律で禁止されていて、さらにそ
の体を作って作られた製品の取引も厳しく制限されています。しかしウバザメはもともと繁殖力がそれほど高い動物ではないため、現在でも海で
彼らを見ること
は非常にまれなものとなっています。そしてそれに伴い
10mを超えるような大型の個体もほぼ完
全に姿を消してしまって、最近では全く報告例がありません。
逆に彼らは性格が非常におとなしいため、危害を加えなければ人間に害が及ぶ行動をとることは全くありません。しかし、小舟などが近づいても全く警戒す
ることがないため、しばしばウバザメに船が衝突する事故が報告されています。
ところで有史以降、世界中の海には
シー
サーペントなどを初めとした怪物の目撃談が数多く残されています。実際近年でも各地で謎の巨大な動物の腐敗した死体
が流れ着いたというニュースがたびたび報告されており、その写真も収められています。実は
このような怪物の目撃談や、謎の死体の正
体の一部はウバザメの誤
認であるとする説が強く唱えられています。その中でも特に有名なのが、上の写真で知られる、日本の漁船である
『瑞洋丸(ずいようまる)』が1977年にニュージーランドで
発見した謎の死体です。この死体はほとんど腐
敗していて、強烈な悪臭を放っていたのですが、その姿がまるで
恐竜時代に生きていた海生ハ虫類であるプレシオ
サウルスそのものであるとして大変な話題を呼びました。そして同じプレシオサウルスの生き残りでイギリスのネス湖に住むとい
われているネッシーをもとに、
「ニュー
ネッシー」という名が名付けら
れました。
もしこれが本当にプレシオサウルスのものであれば生物学的に歴史に残る大発見だったのですが、その後
船が持ち帰った死体の組織を調べたとこ
ろ、これはサメ
の物であるという分析結果が出されました。そして専門家によるとこのニューネッシーは、恐らく死んだウバザメの物で、
彼らが死ぬと下アゴやエラ、尾ビレな
どが先に失われてしまうため写真のような姿になるといわれています。(ですがニューネッシーの死体には他にもウバザメでは説明が付かない特
徴があるとい
われており、まだ最終的な結論とはなってないそうです。)
というわけで、あんなに性格がおとなしいにもかかわらず恐ろしい怪物と間違えられてしまうウバザメさんですが、このまま数が減少して彼ら自身も本当に
「幻
の存在」とならないように願うばかりです。
執筆:2008年7月28日
[ウバザメ剥製画像撮影場所] アクアワールド茨城県大
洗水族館
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