現在の地球上で最も大きな鳥類はアフリカに住むダチョウですが、かつてそのダチョウをはるかに上回る巨鳥
が存在し、
それもわずか数百年前に人類とともに生きていました。
オーストラリア大陸の南東2000kmに浮かぶニュージーランドは、北島と南
島の二つの島からなり、森林を初めとする豊かな自然が今でも残ることで有名
です。ここには1000年ほど前まで人間が住んでおらず無人の地でしたが、西暦1000年頃に現在マオリ人と呼ばれ
る人々の先祖であるポリネシア人が海を
渡って移住してきました。
新天地を求めて巨大な太平洋をはるばる渡ってきたマオリ人たちですが、彼らはこの島で驚くべき動物との出会いを果た
します。それは高さ3mをはるかに超
える巨大な飛べない鳥たちで、マオリ人は彼らのことを「モア」と名づけました。
時が流れて17世紀に大航海時代を迎えたヨーロッパ人たちが新たにニュージーランドにたどり着くと、彼らは原住民であったマオリ人の間で巨大な鳥につい
ての話が言い伝えられていることを知ります。しかしヨーロッパ人がこの地に到達したときには
そのような鳥は全く見当たらず、伝説の中だけの架空の存在であるとみ
なされました。
しかしその後、島に移り住んだヨーロッパ人は巨大な何かの動物の骨の化石を
ニュージーランドでいくつも立て続けに発見します。その中でイギリス人のジョ
ン=ハリスはマオリ人から受け取った15cm
ほどの骨を、本国にある王立医科大学にいた叔父であるリチャード=オーエンのもとに
送ります。
最初オーエンは送られた化石が何の動物のものであるのか全く分からず、数年をかけてようやくそれが大型の鳥のものであることに気付き
ました。そして彼は
その骨をかつてニュージーランドにいたダチョウのような鳥の
ものであるとして学会に発表し、この鳥が属するものとしてディノルニス属という新しい分類群を
設けましたが他の科学者からは荒唐無稽であるとして嘲笑の的になりました。
しかしその後も相次いでニュージーランドで巨大な骨の化石の発見が相次ぎ、ついに一羽の完全な骨格が組み上げるのに十分な
化石が得られると、オーエンの
説は完全に正しいものであると証明されました。そして彼はこの鳥こそがマオリ人たちがモアと呼ぶ、かつてニュージーランドの大地を闊歩して
いた伝説の巨鳥
であると明らかにしました。
とい
うわけで数百年の時をかけて、ようやく世界にその存在が明らかになったモアなのですが、「モア」という名前は特定の一種類の鳥を指すものではなく、いくつかの近縁の種をまとめて呼んだもので
す。その中でディノルニス属というグループに属するものは特に大きくなり「ジャイアントモア」と呼ば
れ、その高
さはなんと3.9mに達したと言われていま
す。また逆に小さな種類のモア
も存在し、大きさは50cm程度にしかならなかったものもい
ました。
モアが変わっているのは、ほとんどの鳥類はオスの方がメスより体が大きくなるのに対し、モアの仲間ではメス
の方がオスより飛びぬけて大きくなるということです。モアのメスは体高でオスの1.5倍、体重で2.8倍にもなったといわれ、この大きさの違いに
よりかつては同じ種類のオスと
メスが違う種類のモアであると分類されたこともありました。このようなサイズの変化は性別だけでなく、住む地域によっても見られ、それをも
とにした分類上の間違いにより、かつてはモアにはかなり多くの種類があるとされてきました。
しかし現在のDNAをもとにした研究から実際にはモアの種類はそれほど多くなく、10種類程度であったと結論付
けられています。 ちなみに昔はモアは同じニュージーランドに住む飛べない鳥であるキーウィーに近い種で
あるのではないかと言われて来ましたが、DNAを比較したところオーストラリアにいるエミューやヒクイド
リに近いことが明らかにされました。
現在アフリカにすむダチョウなどを見ると、モアもそれと同じように草原を2本の脚で走り回っていたように思ってしまいますが、実際には彼らは草原でなく森の中に住んでいたと
考えられています。モアは草食性で木の実や葉っぱを主に食べて生活していましたが、彼らはその背の高さを活かして3m以上の高いところにある枝をついばむ
ことも出来ました。ちなみにこのように高い所にある食べ物を食べる時には、上の絵にあるように首を上に伸ばしていたと思われますが、普段の彼らは上ではな
く前方に首を伸ばしてもっと低いところにある植物を食べて生活していたと考えられています。
モアはニワトリなど他の鳥たちと同じように体の中に砂嚢と呼ばれる飲みこんだ石をためる袋を持っており、この中で食べた植物を石とすり合わせることで消
化しやすくしていたといわれています。また彼らの鼻は非常に発達しており、嗅覚も鋭かったのではないかと考えられています。
ところでダチョウやエミューなど現在でも空は飛ばずに、地上を素早く走ることが出来るようになった大型の鳥は存在しますが、彼らはみな飛べなくても鳥の
証である翼はしっかりと持っています。これに対してモアの場合は完全に羽は失われており、そ
の骨格を見ても翼があった名残すら見られません。
現在もニュージーランドにはキーウィーという飛べない鳥が住んでいますが、もともとニュージーランドには一部のコウモリを除いて哺乳類が住んでいなかっ
たため、陸上を歩く天敵から空
を飛んで逃げる必要がなくなったことがこのように進化した原因の一つだと考えられています。ではモアは天敵もなく優雅にこの
島で住んでいたのかというと、実はそうではなく地上ではなく大空に彼らの敵は存在していました。
それがハルパゴルニスワシと
いう、これまた現在では見るこ
とのできないぐらい非常に大型のワシで翼を広げると3mに達
したといわれています。今の感覚で
いうと、ワシがダチョウと同じかそれ以上にもなるモアを倒すというのはなかなか想像がつきにくいですが、ハルパゴルニスワシは非常に鋭い爪とくち
ばしを
持っていて、これを使ってモアを攻撃し大量出血をさせて死に至らせたと考えられています。
モアの繁殖行動についてはよく分かっていない部分がありますが、大体一度に2つの卵を産み落としたと
いわれています。ジャイアントモアの卵の大きさは長さ24cm、幅18cmもあったといわれており、ダチョウの卵(長さ18cm、幅12cm)より
もはるかに大きなものでした。かつて沼の底にあった泥の中からはモアの骨が数多く見つかっていますが、その大部分はメスのものです。このことからモアの夫婦は卵を産み落とした後メスは巣
を離れあちこちを歩き回って生活していたのに対し、オスが巣に残って卵を温めていたのではないかとする説もあります。このような行動はダ
チョウなど他の鳥類ではあまり見られませんが、キーウィーもオスが卵を温めることが知られています。
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モアの存在を
明らかにした
オーエン博士と
モアの骨格
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ハル
パゴルニスワシという強大な天敵がいたものの、他には脅威となるものはなく、モア達は悠々自適にニュージーランドの地を闊歩していました。しかしマオリ人たちが海を越えてこの地にやって
くると、モアたちをとりまく環境は大きく変化します。
ウシなどの大型の哺乳類が存在していなかったニュージーランドでは、巨大な体をもったモアはマオリ人たちに
とって重要なタンパク源となる獲物であり、空を飛べない彼らは狩猟によってみるみるうちに数を減らしていきました。かつてはマオリ人がこの
地にやってきたのは西暦1000年ぐらいで、その後西暦1800年ぐらいまでのおよそ800年間はモアは生き残っていたと考えられてきました。
しかし最近の研究ではマオリ人がやってきたのはもう少し遅い西暦1280年ぐらいで、より速いスピードでモア達はその数を減らしていった可能性がありま
す。また更にコンピュータを用
いた計算によると驚くべきことに160年、場合によっては50年という短い時間で彼らは絶滅に至ったという結果が得られています。
実際にモアがいつ頃ニュージーランドから姿を消したのか確かな年代は分かりませんが、近代社会における大規模な乱獲によるもの
以外では他に例を見ない早さで絶滅に至ったと考えられます。
モアの絶滅の原因にはマオリ人たちに直接狩られたためだけでなく、森を切り開いたことによって生息地が減少したことも挙げられます。また繁殖速度の遅さ
も数の減少に対抗できなかった理由の一つです。そしてモアたちがいなくなると、それとともにモ
アを主食としていたハルパゴルニスワシもいなくなり、ニュージーランドから大型の鳥類は姿を消してしまいました。
このようにして10種類のモアは今では完全に絶滅してしまったと考えられていますが、一部の人の間ではニュージーランドの南の
方の険しい山の中には今でもモアは生き残っているのではないかと長くいい伝えられており、モアと思われる動物を見たという報告は後を絶ちません。
例えばアリス=マッケンジーと言う人は1880年に海岸近くの砂丘にあるブッシュの下で巨大な鳥が横たわっている姿を見たと報告しています。また特にそれ
らの目撃談の中でも1993年1月
のパディー=フリーニーら三人による目撃談は興味深く、彼らはその時に撮影したモアらしき鳥のものであるという写真を公開しています。
それには確かに大きな鳥のよ
うな姿をした生き物が写っていましたが、残念ながらひどくピンボケしており、本当にそれがモアであるのかどうか判別することはできませんでした。
また当事者の一人得あるパディーは地元でホテル経営をしており、お客を呼ぶためにこのような話をでっち上げたのではないかという意見もあります。
いずれにせよ現在でもモアが生き残っていて、その大きな体が誰の目にも触れずに生活しているというのはなかなか考えづらい部分がありますが、タカヘやワイゲ
ウツカツクリなど近年になって絶滅したと思われていた鳥が見つかった事例は実際にあることから、同じようにモアがどこかで再発見さ
れるという夢はモアの巨体を一目見てみたい私にとっては非常に魅力的に感じます。
執筆:2007年8月25日
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